子どもの成長期

 山村志穂は昔から背の高い女の子だった。小学校入学時ですでに120cmあった。それからも年に10cm背を伸ばし、4年生で160cmになり学校で一番の長身となった。しかしその後志穂は『成長期』を迎えた。5年生で180cmになり、志穂より背の高い人は一気にその数を減らした。そしてその1年後、志穂はさらなる成長を遂げていたーー
「山村志穂さん!」
 その名前が呼ばれると、クラスの誰もがこの後起こることに注目した。「いくつだと思う? 俺4」「俺は8に賭けるな」「俺は10行くぜ!」憚りなく数字を予想する男子に志穂は赤面し、それに気が付いた女子数人が男子を責める。「ちょっとそういうのやめなよ!」「志穂ちゃんがかわいそうじゃん!」それに対して、男子も言い返した。「はあ?」「お前らだって昨日の昼休みにやってたじゃんかー!」やがて男女の抗争へと発展し、保健室は大騒ぎになった。それを見て、志穂はさらに顔を赤くした。
「はい皆、静かにしなさい! 保健室は静かにって、一年生の時から言われていることを、どうして6年生に言わなきゃいけないんですか! これは遊びじゃありません、真面目にやりなさい! はい、志穂さん」
 静まった保健室で、志穂がただ一人立っていた。保健室の先生は155cmと、大きめの6年生くらいの背丈であるが、志穂と並ぶとまるで姉妹のようである。肩よりも頭半分ほど背が低く、しかし肩幅は志穂と変わらないくらいであった。
 志穂は上履きを脱いで身長計に乗る。その様子をクラス全員が凝視した。志穂は顔を真っ赤にして、小さく笑っていた。
 志穂が背筋を伸ばしきる前に、志穂の頭が身長計の押さえにぶつかった。先生は困った表情で志穂の周りを歩きまわる。途端に、クラスが再びざわめきだした。
 「マジかよ!」「12くらいいってんじゃね?」「じゃあ一番近かった俺が勝ちだな!」先ほどの男子が再び下世話な会話を始めるが、女子の方は口をポカンと開けて呆然としていた。大方の男子もそんな調子だった。
「こ、こら・・・・・・山村さん、あとでまた測りましょう。放課後に保健室に来てね。はい次! こら、静かにしなさい!」
 志穂は身長計から降りて上履きを履き、そそくさと出口に向かう。軽く背中を曲げてドアをくぐり、両手で口を隠してにやにやと笑いながら小走りで教室に向かう。その後の測定で、志穂は身長202cm、体重61kgであるということが判明した。200cm超えの、細長い小学6年生であった。

 身体測定を終えた志穂は、嬉しそうにスキップしながら家に帰る。そして家に着くなり、姉の部屋に直行した。
「お姉ちゃん! 身長比べよう!」
 志穂に誘われ、姉の夏海は机から三角定規を取り出してしぶしぶ立ち上がる。そして直立して、妹を軽く見下ろした。夏海は最近の測定で206cmとなっていた。
 背くらべは、柱に印を付けてその差分を鑑賞するというものである。初めに志穂が柱に背を向けて直立し、夏海が印をつけた。次に役割を交代して志穂の背の位置に夏海が印をつけた。差は4cmだった。
「なに、あんた22cmも伸びたの?」
「うん、成長期だから! もうちょっとでお姉ちゃんよりも大きくなるよ!」
 この背くらべは2年前、志穂が小学4年生で夏海が中学1年生の時から続いている。当時、志穂は160cmで、夏海は200cmだった。夏海はその前年に『成長期』を迎えて1年で30cm伸ばし、それに続く形で志穂も急成長を始めた。
「はあ・・・・・・で、体重はいくつだったの?」
「61キロ! 60キロ台になったよ!」
 206cmで85kgの夏海は、志穂の発言に眉をひそめる。夏海も決して太ってはいないし、むしろ痩せている方だ。しかしそれ以上に細身の志穂に乙女として対抗心を抱き、同時に妹の健康を心配した。妹は普通の6年生を縦に引き伸ばしたように細長く、ひ弱な体型であった。肌を掴むと、脂肪も筋肉もない、ただの皮が指と指の間に挟まれた。
 決して小食なわけでもない、高校生で食べ盛りの兄と同じかそれ以上の食欲はあった。しかし食べた分は全て縦の成長に使われ、脂肪として貯められることがなかった。プールに入るとあまりに低すぎる体脂肪率のために沈んでしまうほどだった。
 そんな細長い志穂は、小学校の後輩、特に小学1年生からはその体型にちなんで『キリンのお姉ちゃん』というアダ名をつけられていた。6年生になるとよく1年生と関わるようになったが、志穂は一番人気のお姉さんだった。1年生は志穂の腰ほどの身長しかなく、志穂が持ち上げると一気に身長の2倍の高さにまで目線が上がり、幼子たちはそれを楽しんだ。

 家のドアの高さはおよそ200cmであるがゆえ、200cmを突破した志穂は頻繁にドアに頭をぶつけるようになった。最初は頭のてっぺんをややかするくらいであり、頭から額へと日に日にぶつける位置を下げていった。そして、姉の身長に追いつこうとしていた。毎日のように姉を呼び出しては背中を合わせ、頭の上に手を置いてどちらが高いかを確かめた。姉は面倒くさそうに対応するが、心の中では抜かしてくれることを期待していた。そして6月、ついにその時がきた。
「あれ、うちの方が大きくない?」
「そう? じゃあ、測ってみましょう」
 姉妹は4月にやったのと同じ背くらべをする。唯一4月と異なることは、柱には5mm間隔でメモリが刻まれており、印をつければ身長も分かるようになっていた。柱に2人の身長が書き込まれると、志穂のそれは夏海のよりも5mmほど上にあった。
「やったあ!」
 妹はその細長い巨体を飛び上がらせて無邪気に喜び、高さ240cmの天井に頭をぶつけた。自分の頭をさすりながら、姉の頭も撫でて自分よりも小さくなった夏海をからかった。夏海は嫌そうに振り払ったが、内心ではとても喜んでいた。
 家族で一番の長身となってからも、志穂の成長は留まることを知らず、むしろ加速していった。月に3cmという非常識な成長速度にアクセルをかけていった。ドア枠が目線の位置になる頃には、ドアに頭をぶつけることはめったになくなっていた。代わりに、自分の大きさの感覚が掴めず、体のいたるところを、どこかしらにぶつけるようになった。
 7月には210cm、8月には215cmとなり、夏休みにはひと月で10cm伸ばして9月には225cmとなった。特注された巨大な衣類は、初めは3段ほど折って使っていたが、23cmも伸びればつんつるてんとなってしまった。食事も兄の3倍は食べるようになった。身長が伸びると同時に、脂肪も多少はつくようになった。ナナフシのように細くガリガリだった志穂は標準的な痩せ型となった。身長は、夏海よりも頭半分ほど大きくなっていた。
 クラスメートとの身長差も日に日に大きくなっていった。志穂の次に背の高いのは160cmの女子であったが、志穂の肩よりも頭1つ小さく、胸よりも低い位置に頭があった。抱きつけば、志穂の鳩尾にうまく収まる、そんな親子のような身長差だった。背の順で並べば彼女の後ろに志穂が並ぶことになり、列よりも頭3つほど飛び出ていた。一方クラスで一番小柄なのは130cm程度の男子であり、彼の目の前には志穂の腰があった。背中合わせになると、小人の手首の位置に志穂の膝があり、志穂の手首には彼の肩がきた。気を付けていないと、彼の頭をまるごと覆えてしまうほど巨大な手を、彼の顔面にぶつけてしまうこともあった。
 10月には修学旅行がある。志穂の学校は新幹線に乗って某県まで行くのだが、新幹線の天井は220cmもないため、230cm近い志穂は新幹線の天井に頭をぶつけ中腰で車内を移動した。さらに駅では1000人以上の人々の目を引いた。当然、志穂よりも背の高い人はいなかった。常に集団から胸より上が飛び出ていた。記念撮影を求められることもあったが、志穂は快く応じた。

 ――――ゴン。
「イタッ」
「大丈夫、志穂?」
 夏海は志穂を見上げながら妹を気遣う。志穂は頭をさすりながら、背中と膝をさらに曲げて自分を小さく見せた。200cm超の夏海も、志穂と並ぶと頭ひとつ分背が低かった。
 2月、ついに志穂は240cmを突破し家の天井よりも背が高くなった。蛍光灯の交換で志穂と夏海はしょっちゅう活躍していたが、志穂は背が伸びすぎたためにもうできなくなってしまった。がに股になって蛍光灯を交換するのは、傍から見れば思わず吹き出してしまうほど不格好なものだった。高2の兄、春樹がそんな志穂を見てプッと笑うと、まず夏海が睨みつけ、次に志穂が顔を赤くして兄を強く抱きしめた。春樹は185cmと高校では1番の長身だが、彼の顔には志穂の平たい胸が当たった。痩せてひ弱な志穂であったが、本気で抱きつけば春樹も余裕ではいられなかった。むしろ、脂肪に乏しい硬い体に押さえつけられ、皮膚が炎症を起こすこともあった。
 天井より大きくなったところで、志穂の成長が打ち切られるわけではない。志穂はぐんぐんと安定した成長を見せ、卒業式を迎える頃には246cmに達していた。学校で2番めのノッポは170cmで、チビは135cmだった。チビの頭はノッポの肩の位置にあったが、ノッポの頭は志穂の肘くらいの位置にあり、肩よりも、胸よりもずっと低くなっていた。志穂が地面に立ち、ノッポは2段上に立っていたが、それでも志穂の方が頭1つほど高かった。

「きりんのおねーちゃーん!」
 卒業式の後、何人かの1年生がジャングルジムの方から志穂に向かって手を振る。志穂がよく世話をした1年生のうち、特に志穂に懐いていた児童たちだった。志穂はそっちへ行きたいと思ったが、新品の制服を汚すのは嫌だと思い、躊躇した。
「志穂ちゃん、ブレザー持とうか?」
「え?」
 臍のあたりから少女の声がする。見下ろすと志穂の友人2人が、ニコニコしながら志穂を見上げていた。志穂は少し照れくさそうに巨大なブレザーを脱いで彼女らに渡し、ジャングルジムに向かって歩き出す。ジャングルジム、児童にとっては巨大な遊具であるが、高さは270cmしかない。上にいる子どもも、志穂が手を伸ばせば捕まえることができてしまう。志穂と1年生は、そんなことをして遊ぶことがよくあった。
 志穂が1年生と遊び、別れを惜しんでいる間、残された友人らは志穂の巨大なブレザーを手にして興奮していた。志穂が着ればやや大きめで済むブレザーも、普通の人が着れば膝上ワンピースのようであり、肩幅もブカブカだった。
「でっかーい!」
「きゃははは!」
 元来人より大きく、この1年でさらに巨大化してしまった志穂。そんな志穂は、今日で小学生をやめる。2年前のいたずら以来『成長期』に入り、いまの非常識な体躯が出来上がった。結果、色々な不自由を抱えた。しかし、志穂はそれを楽しんでいた。誰よりも大きくなりたいという願いは当時の新鮮さを失いつつも依然として志穂の心の内に漂っていた。また周りも、志穂の巨体を楽しんでいた。巨人の志穂は、そこにいるだけで周りを楽しませてしまう、そんな魅力を備えていたーーーー
-FIN

創作メモ

差分表現を多く使おうと思い書き始めたのですが、状況説明ばかりの起伏に乏しい堅い話になってしまいました。物語として完成させつつ、差分表現を存分に使うにはどうするのが適切なのでしょうか。ふもふもさん(LINK)の小説ように、日記形式が一番良いのでしょうか。