その他の短篇集

目次

上には上が
髪の切り方
子どものいたずら
子どもの成長期
遺伝子とドーピング
SS1
上には上が
 170cmあればデカ女、180cmあれば巨人。それなら、190cmある女は・・・・・・

「バケモンだろ!」
 ふっと、高校時代の嫌な記憶を呼び覚ましてしまった。ある日、男子が教室で大声で話していたらしく、そんな台詞が聞こえてきた。その後の話を聞いてみれば、女子のかわいい身長について話しているらしかった。・・・・・・それからのことは、もう思い出したくない。
 今まで自分よりも背の高い女性に会ったことはない。小学校を卒業するときに180cm、中学校を卒業するときに190cmを突破した。高校卒業時には192cmだった。もうずっと測っていないけれど、もしかしたら今測ると195cmくらいあるかもしれない。それが怖くて、もう何年も測っていない。日本一のデカ女とかよく言われるけれど、上には上がいると、私は未だ信じている。
 なんで私がこんな目にあうんだろう。何度目かわからない悲観を、電車の中で目を瞑ってうつむいてしていた。女が電車をくぐって乗り降りする様子は珍しいようで、未だに電車に乗るたびに誰かしらにびっくりされる。ひどい人だと盗撮する。そのたびに、私の心はチクリと痛む。
 ――――フッと、私の隣に誰かが来るのを感じた。微妙な空気の動きが私の顔を撫でた。珍しいことだ、190cmと肩を並べる人なんて男性でもめったにいない。私は目を開いて隣をチラッと見る。
 ・・・・・・信じられなかった。ブレザー姿の綺麗な女子高生。足元を見ると普通のローファー。もう一度顔を見ると、私より若干高い位置に彼女の目がある。
「あ、あのー」
「はい?」
「身長高いですね」
 私ははっとした。背の高い女性に身長を聞くのは禁句だ。私も人に聞かれるたびに嫌な気持ちになるのに、やってしまったと思った。しかし彼女はニコリと微笑んで、頷いた。
「はい。お姉さんも高いですよね」
「はい。自分より高い女性に会うの始めてなので、少し驚いています」
 それから私達はすぐに仲良くなった。服の悩みから始まり、高身長の人でないと理解されないようなことについて悩みを思う存分打ち明けた。そして、成長記録の話に移った。
「中1で172cmだったんです。小学生までは身長がコンプレックスだったんですけど、中学生になってからジュニアモデルを知って目指すようになりました。そして180cmになろうと頑張って、中3で180cmになれたんですけど、さらに伸びちゃって、今では196cmです。ちょっと、伸び過ぎちゃいました」
 彼女は少し悲しげに微笑む。この子には私以上の苦しみがあるのだろうと思うと、心が痛くなる。私は彼女のおかげで2番になれたけれど、彼女は依然として1番なのだから。
「そうですか・・・・・・あの、すごく失礼なことを聞きますが・・・・・・自分より背の高い女の子て、いると思いますか?」
「え? はい。てか、普通にいますよ」
「え?」
 予想外の返答に、硬直するわたし。
「妹が私より大きいんです」
 それを聞いて驚愕した。まさか、この子よりも大きい子が、しかも年下でいるなんてと、私は自分の耳を疑った――

 私は今、少女と一緒に、少女に家に向かって歩いている。190cm超の女子2人が並んで歩くさまは相当迫力があるようで、道行く人は誰もが、私達を凝視してきた。
「急で、大丈夫ですか?」
「たぶん大丈夫だと思います。ここです」
 少女が指差す先には、普通の一軒家。その隣には、一回り大きい家が建っている。少女よりも背の高い妹、目の前にしたら、どんな気持ちになるんだろう。
「入ってください」
「お邪魔します」
 私達が入るとすぐ、奥からトントンと足音が聞こえてきた。
「お姉ちゃんおかえりー」
「ただいま。こちら、電車で知り合ったお姉さん」
 ドアが開き、くぐるようにして妹がその姿を現す。肩よりも背の低い姉が、妹を見上げていた。
「ねえ、大きいでしょ」
「んー? あー、身長のこと? 230cmあります!」
 妹は誇らしげに胸をはり、嬉しそうに天井を指先で叩いた。背伸びすれば頭をぶつけてしまいそうな、そんなギリギリの大きさ。
「す、すごいです・・・・・・何歳ですか?」
「中3です!」
「まだ、伸びてるんですか?」
「そろそろ止まると思いますけど、まだ伸びてます!」
「一昨年は182cmで私とあまり変わらなかったんです。でも、それからグングン伸びていって」
「お姉ちゃんがどんどん小さくなるよー」
「私も一応伸びてるんだけどね」
 妹は姉の頭をぽんぽんと叩いている。頭一つ分という理想的なカップルのような身長差に、私は目を丸くする。
「すごいですねー、日本一なんじゃないかな?」
「いえいえ、まだ大きい子いますよ」
「え?」
 予想外の返答、今日で2回目。
「隣の家の子が、妹より大きいんですよ」
「せっかくなんで、連れてきますね!」
 そう言いながら、妹は玄関の方に向かい、私達はその場に残った。元気があふれる妹がいなくなって、急に静かになった。
「すごいですね、妹さん。元気で」
「はい、元気いっぱいです」
「本当はコンプレックスとかあったり・・・・・・」
「うーん、多分ないです。むしろ、もっと大きくなりたいって、言ってます」
 姉はそう言って、苦笑いを浮かべる。私はただ、適当な相槌をうつことしかできなかった――

 少しして妹は、彼女自身よりも少し背の高い女の子を連れてきた。
「この子が私の友達です」
「はじめまして」
 友達は少し屈んで、小さな私に目線を合わせて、お辞儀する。この部屋には、私と肩を並べるのは、お姉さんしかいない。
「す、すごい。妹さんよりも高いです。まだ成長期ですか?」
「はい! どっちが大きくなれるかって、競争してます!」
「今は負けちゃってるけど、絶対抜かすから!」
「じゃあ、うちはもっと大きくなるから!」
 無邪気な争いが、わたしの上空でなされている。2人の視界には、私達2人のことなんて入っていない。小学生がお母さん見上げるような、そんな感じがした。
「そしてこの子が友達の妹の・・・・・・」
「うー、この家小さいから嫌い」
 天井で頭をこすりながら中腰になって、また新しい女の子が姿を現す。友達よりもさらに頭半分大きい。私の肩より少し上に、彼女の肘がある。めまいがした。
「初めまして、251cmあります。中1です。末っ子ですけど、家族で一番大きいです!」
少女は胸を張ってそう言った。私はその数字を聞いて、めまいがした
「&&ちゃんにはかなわないかなー」
「えへ、##ちゃんが、どんどん小さくなるなー」
 目の前が白くぼやけてきた。少女たちの声も、だんだんと遠ざかっていった――

 気がついた時には電車に乗っていた。夢のような時間だったけれど、紛れもない現実だ。今からあそこに向かえば、そこには2つの巨人一家があるのだろう。
「うわ、でかっ」
「日本一じゃね?」
 何度聞かされたかわからない罵倒を再び聞く。しかし、なんとも思わない自分がいる。上には上がいることを心の底から痛感した私は、そんな悪口に対してなんとも思わない強さを手に入れてしまったらしい。
 私よりも大きいあの子たちは、今後多くの苦悩を抱えると思う。でも、きっと乗り越えていけると思う。悩みを共有できる仲間を持った彼女たちを、たった190cmという小さい体ながらも、少し、羨ましく思う自分がいる。
-FIN
髪の切り方
 青い空と田んぼの緑に囲まれたとある田舎町のこと。ある日1人の少女が、鏡の前で前髪を一生懸命いじっていました。
「うーん、前髪長いな―」
 少女は鏡の前に立って、そうつぶやきました。身だしなみを人一倍気にする年頃、微妙に不恰好な自分の前髪のセットアップに苦心しています。
「うーん・・・・・・やっぱり切ろう!」
 少女はハサミを片手に持ち、もう片方の手の人差し指と中指で、長い分の髪を挟みました。チョキンと、余分な髪を切り落とそうとしたその時のことです。少女は昔読んだ『メリサンド姫』という絵本をふっと思い出しました。
 あらすじはこうです。お姫様は悪い魔女にハゲになる魔法をかけられてしまいます。その魔法を打ち消す方法が見つかったのですが、今度は髪を切るたびにどんどん伸びる速さが加速する魔法にかかってしまいました。そこに王子様が現れ、トンチをかまして「髪から姫を切り落とす」ことでその魔法を打ち消そうとしました。しかし今度は姫のほうが伸びてしまい、やがて国を覆うほどに大きくなってしまいました。
「面白かったなー」
 そうして少女は、つまんだ髪を持ち上げてから、チョキンと5ミリほど切りました。王子様の真似をして、「髪から自分を切り落とし」たのです。
「よし、いい感じ!」
 少女はハサミをポケットにしまい、カバンを手に取り学校に向かいました。学校につく頃には、朝のそんな些細な出来事など、とうに忘れていました。

 ある日、少女がいつものように学校に向かっていると、友達の女の子に突然声をかけられました。
「ねえ、身長伸びたよね?」
「え?」
 少女は頭の上に手を乗せて、目の前の女の子を、少し離れたところにいる男の子を、また別の女の子を見ました。なんとなく、皆が小さくなったように少女は感じました。
「保健室で測ってみようよ!」
 女の子が提案します。
「う、うん」
 2人は一緒に保健室に向かい、救護の先生に挨拶してから身長を測りました。163cm、それが少女の身長でした。春の測定では158cmだった少女は、5cmも背を伸ばしていたのです。
 その後も少女はにょきにょきと身長を伸ばしていき、やがて170cmになりました。スラリと伸びた長身は女の子なら誰もが一度は憧れるモデルさんのようです。
「すごーい!」「かっこいい!」
 少女はすぐさま女の子たちの人気者となりました。少女自身は、急に伸び始めた背丈に少々の不安を抱きながらも、同時に誇りを持ち始めていました。
 少女の成長はその後も続き、とうとう180cmの男の子の身長を抜かしてクラスで一番ののっぽとなりました。引っ込み思案な少女は、いじわるに目立ってしまう長身を気にするようになりました。
 そんな少女を、女の子たちはもちろん、男の子たちも素敵だよと、本心如何に関わらず慰めはじめました。少女はそんな優しい仲間に囲まれて、すぐに元気を取り戻しました。

 ここで終わっていれば良かったのでしょう。しかし、ここからが問題なのです。少女の成長は加速の一途を辿り、180cmになったかと思えばあっという間に190cmに。そしてやがて200cmにまで伸びてしまいました。2番目に背の高い子でも、少女より頭ひとつ小さいのです。1番低い子と比べてしまえば、少女の胸くらいの高さしかありません。椅子に座れば膝が机につっかえてしまいますし、ぼうっとしていてドアに頭をぶつけるのは日常茶飯事となっていました。
 また少女自身、一度克服したコンプレクスを再燃させてしまいました。
「お嫁に行けないよー」
「大丈夫だよ! スラっとしててかっこいいよ」
「女の子は、小さいほうが可愛いもん」
「大きくても可愛いよ!」
 女の子たちは少女を慰めながら、男の子たちに目配せをしました。男の子たちは照れながらも、優しい言葉で少女を慰めました。少女はそんな皆の優しさに触れて、再び笑顔を取り戻しました。

 その後も少女はつくしんぼのように、夏のひまわりのように、また竹の子のように、ニョキニョキと、ニョキニョキと伸びていきました。家の天井よりも、学校の天井よりも大きくなっていきました。
 少女が弱気になるたびに、クラスの皆は少女をあの手この手で慰めました。どんなに高い位置に頭があっても、はしごを使ったり、学校の窓から体を乗り出したりして少女の頭を撫でました。少女はそんな皆の優しさに感謝し、何か恩返しはできないかと、友達を肩車して少女の見る景色を見せて楽しませてあげました。
 300cmになった少女はあっという間に500cmになりました。道を歩いていて電線に引っかかりそうになるのはいつものことです。また、普通にしていてもスカートの中が見えてしまうため、少女は常に足元を気にするようになりました。

 ある日、600cmほどになった少女は足元の友達とおしゃべりをしながら、どうして自分がこんなに大きくなってしまったのかついて考えていました。成長が始まった頃のことを思い出し、そして『メリサンド姫』のことも思い出しました。
「ねえ、ここらへんに湖ってあったっけ?」
「あっちの方にあるよ」
「本当? 連れて行ってくれない」
 湖まで来て、少女はポケットからハサミを取り出します。
「何するの?」
「前にこんなことして、それから体が大きくなったなって、思い出したの」
 少女は前髪を人差し指と中指で挟み、持ち上げました。
「メリサンド姫っていう絵本があって、確かこんなことすると、体が小さくなるの」
「ふーん」
 チョキン。少女はそのまま前髪を切りました。しかし、これといった変化は、すぐには見られません。
「変わらないね」
「うん、変わんない」
「そっかー・・・・・・」
 少女たちは湖をあとにして、おしゃべりに花を咲かせながら家に帰りました。

 読者の皆様ならすでにお気づきのことでしょう、少女は重大な間違いを犯してしまったのです。メリサンド姫は、「姫から髪を切り落とす」ことで小さくなれたのです。少女は今、前と同じように「髪から少女を切り落とし」てしまったのでした。
 その日の夜、葉っぱの毛布に包まれ、月明かりに照らされながらスヤスヤと眠っていた少女の体がみるみるうちに大きくなっていきました。動物たちは驚いて逃げ出し、その騒ぎで少女は目を覚ましました。
「きゃあ! な、なんなの?」
 驚く間にも、少女の体は大きくなっていきます。朝は少女の背丈ほどだった木々は、今では少女の半分くらいの高さしかありません。
 少女はあたふたしながら、今日の出来事を思い起こします。そして、湖のことを思い出しました。少女はすぐさまポケットからハサミを取り出しました。
「と、止まりますように!」
 少女は前髪を、チョキンと切り落としました――

「――っていうことが、昨日あったの」
「へー、それでそんなに大きいんだ」
 女の子座りして、さらに背中を丸めて、少女は友達とおしゃべりをしています。友達は、4階の教室よりもさらに高い、学校の屋上で空を見上げて話しています。少女の身長は100m、学校は女の子ずわりした時の膝の高さくらいしかありません。
「ねー、それよりもさー」
「うん・・・・・・プ、プププ」
 女の子2人が大きな声で笑い始めます。少女は顔を赤くして、前髪を手で隠しました。
「なにその前髪!」
「デコちゃんだー!」
「し、しかたないじゃん、急いでたんだから!」
 アハハハハという女の子の笑い声が学校中に響き渡りました。少女の真っ赤な顔が、学校の真上の空に広がっていました。
-FIN *リクエスト作品です。
子どものいたずら
「これが、噂の薬ですかあ」
「試験段階だけど、かなりいい線はいってるはずだ」
「これを飲めば俺も・・・・・・」
「まあ、期待はしていいと思うぞ」

 少年は袋を手に取り、中に入っている白い粉をまじまじと見つめた。薬はチャックの付いたポリ袋に入っており、見た感じは片栗粉のようであった。そして、この薬を飲んだ後のことを考えて、小さく笑った。
 この春中学生になった少年、山村春樹は自分の身長をコンプレックスに思っていた。彼の身長は152cmと、中学1年生にしては標準なものである。しかし、いま目の前にいる社会人の従兄弟は185cmと長身であり、また妹の夏海は小学5年生にして155cmと、すでに兄よりも背が高くなっていた。母は165cm、父は185cmあり、さらに一番下の小学2年生の妹は140cmと、年齢を考えればかなりの長身である。そんな長身一家の中で、長男の春樹だけが平均的な身長であった。
 従兄弟は製薬会社の研究員であり、春樹の身長コンプレックスを知ってからは、『背を伸ばす薬』の開発を目指していた。それは春樹への思いやりであると同時に、純粋な野心、好奇心の類でもあった。そして、その試作品ができたということで今日、従兄弟は春樹の前に現れた。もっとも、従兄弟は多忙であり、一年に一度、年度の節目くらいしか山村家を訪れることはない。
 従兄弟が帰った後、春樹は自室の勉強机にて薬と対面をしていた。身長を伸ばしたいという思いは人一倍強かったが、薬を使うとなると様々な不安が春樹の脳裏をよぎった。春樹はしばらく考えた後、一晩寝てから考えようと思い、引き出しの中に薬をしまって気分転換に外出した。
 その瞬間を、長女の夏海は見逃さなかった。夏海は兄の部屋に侵入して春樹の引き出しから薬を取り出した。中身をティッシュペーパーの上に出し、代わりに台所から取ってきた片栗粉を同じ量だけ中に入れて再び引き出しに戻した。そして薬を丁寧に、自分の部屋に持ち帰った。夏海は、兄よりも背が高くなったことを喜んでいた。自分の長身を誇りに思っていた、もっと背を伸ばしたいとすら思っていた。そんな兄が、薬の力で背を伸ばそうとするのが彼女は気に入らなかった。夏海は薬を口に含み、水で流し込んだ。変な薬だったらどうしようという不安がなかったわけでもないが、親や兄にバレる前に飲んでしまおうという気持ちが強くはたらいた。
 その翌日、兄は薬がすりかえられているとは夢にも思わず、片栗粉を服用することになった。

*

「もっと伸びると思ったんだけどなあ」
「11.3cm伸びたんですけど、友達にもこれくらい伸びたのはいました」
「成長期の男子は、そんくらい伸びるよなあ・・・・・・」
「お兄さんの新しい薬っていうのは、これですか?」
「ああ。とはいっても、そこまで変わったわけでもない。ただ成分を濃くしただけと思っていい」
「はあ・・・・・・」
「まあ、気が向いたら飲んでみてくれ。飲んだら効果を教えてくれると嬉しい」
「は、はい。わかりました」

 春樹は従兄弟が帰った後も、リビングに残ってもらった薬を眺めて物思いにふけっていた。薬は本当に効果があったのか、春樹はそれを考えていた。効くがどうかわからない薬を高濃度で服用するということに不安を覚えていた。また、もし逆効果になるかもしれないと、春樹は疑っていた。
 リビングに夏海がやってきて、コップに水を注ぐ。水の流れる音に春樹は小さく肩を震わせ一瞬そちらを見たが、すぐに薬に視線を戻した。夏海の身長はこの1年で15.6cm伸び、小学6年生にして170cmを突破していた。春樹はそんな夏海を強く意識していた。たまに見せるお姉さんぶった仕草に苛々を募らせていた。
 一方で夏海は、春樹が手にしている薬を狙っていた。170cmを超えた夏海は『大女』であり、学校内外で身長をからかわれることも少なくなかった。もう身長を伸ばしたいとは思っていなかった。しかし、兄が身長を伸ばすというのを、夏海は異常に嫌っていた。兄よりも背が高くなって以来、夏海は兄という上位存在を超えたという自負や、小さい兄に対する母性的な感情、また兄に限らず男性の平均身長を越えようとしていることに対する先と同様の感情が複雑に絡み合って夏海の心を締め付けていた。
 春樹は意を決してその薬を飲もうとチャックに手を触れたその時、夏海はすっとそのポリ袋を取った。春樹は何をするのかと、夏海からそれを取り戻そうとするが夏海は手を高く上げて取られるのを防いだ。163cmの春樹と171cmの夏海では、こういう状況では夏海のほうがずっと有利だ。夏海はチャックを開けるとすぐさま口に薬を入れ、準備していたコップ一杯の水を口に含み薬を流し込んだ。春樹はしばらく呆然としていた。そして顔を赤くして、怒りだした。
「お、お前・・・・・・何なんだよ、急に!」
「・・・・・・」
 夏海は顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべながら春樹を見下ろした。春樹はそんな夏海に戸惑いながらも、咎めることをやめなかった。
「な、なんとか言えよ・・・・・・それが何なのか知ってんのか?」
「・・・・・・知ってる」
「じゃ、じゃあ・・・・・・お前、まだデカくなりたいのかよ」
「違う」
「はあ?」
「私は・・・・・・」
 夏海は眉間に皺を寄せ、目をあちこちに泳がせ、生唾を飲んだ。
「わ、私は、お兄ちゃんが大きくなるのが嫌なの」
「・・・・・・はあ?」
 春樹は意味がわからなかった。しかし夏海はそれを言うとすぐさま部屋に戻ってしまった。その後春樹が尋ねても、何も答えなかった。

*

「――――ってことがありました」
「ほう・・・・・・まあ、俺に女心はわからんが、夏海ちゃんはその後どうなったんだ?」
「もう、巨人ですよ・・・・・・ちょっと、引くくらい」
「何センチ?」
「数字はわかりませんが、2メートルはあると思います」
「何センチ伸びたことになるんだ? あと、一昨年の薬も夏海ちゃんが飲んだという可能性もあるんだよな」
「はい、おそらく。僕は去年も一昨年も10cmくらい伸びているので。夏海は、去年が15cmで、今年は30cmくらいじゃないかと」
「ふむ・・・・・・なるほど」
「それで、これが新作ですか?」
「ああ、根本的にリニューアルした」
 従兄弟はスーツケースから薬を取り出し、机の上に置く。その途端、どこからか夏海が現れて薬を取った。男2人が夏海の巨体に本能的な恐怖を感じ、体を硬直させている間に夏海はリビングから立ち去っていった。立ち去るとき、夏海はドア枠に頭をぶつけた。
「・・・・・・」
「・・・・・・すごいね、夏海ちゃんは」
「すごくなんてないですよ! あいつ、何がしたいのか・・・・・・もうよくわからないんです。全然喋らないし、デカい図体でやってること子どもだし」
「ふむ・・・・・・夏海ちゃん、薬は飲むんだろうか? 春樹に成長してほしくないって、いっていたんだろ。それなら夏海ちゃんが飲む理由はないはずだ」
「もうわかりません。そういう性癖なんじゃないですか? 男よりデカイ自分が好き、みたいな」
「ふむ・・・・・・」
 夏海は部屋に戻るなり、机の引き出しに薬をしまっては小さな布団にくるまりもがいていた。春樹たちが夏海の感情を読み取れないという以上に、夏海は自分の感情がよくわからなくなっていた。中学3年生になった春樹は174cmになり、やや高身長となっていた。ガタイもよくなり、顔つきも大人になっていた。身長200cmある夏海であったが、そんな春樹を下に見ることはできなかった。また、自分の行き過ぎた高身長に対してコンプレックスも抱きつつあった。しかし春樹に成長してほしくないという気持ちは依然として強かった。
 布団にくるまり気が狂うほど悩み、夏海はそのまま寝てしまう。その頃を見計らって、夏海の部屋にそっと出入りする人影があった。末っ子の志穂は左手に水の入ったコップを握りしめて夏海の部屋に入るなり引き出しをあさり、薬を見つけた。そして薬を口にいれ、水で流し込んだ。空になった袋には代わりに片栗粉を入れて、笑いを抑えながら慎重に部屋を後にした。夏海はその間、死んだように眠っていた。
 志穂は小学4年生にして160cmと、すでに学校で1番の長身を誇っていた。しかし当然、先生の中には志穂よりも背の高い人はいくらでもいるし、数カ月前に卒業した夏海と比べたら足元にも及ばなかった。志穂は、誰よりも背が高くなりたいと願っていた。子どもらしい、単純でひたむきな願いだった。

「ところで、新しい薬は何が変わったんですか?」
「まあ、色々だ。自然な成長をサポートすることには変わりないが、持続性を持つようになった」
「持続性・・・・・・」
「ああ、今年限りではない、来年再来年の成長まで見越して、無理のないように数年単位でサポートをする、といった感じだ」
「はあ、なんとなく・・・・・・」
「だから、夏海ちゃんが服用したところで、彼女の成長期はもう終盤だろうし伸びしろもそこまでなさそうだから、さほど効果はでないかもしれない。春樹は・・・・・・ちょっと微妙だな」
「あ、そうなんですね」
「ああ、一番効き目があるとしたら、志穂ちゃんじゃないかな。年齢的に」
「あいつ今のままでも2メートルいきそうなくらいですから、飲ませたらやばいですよ。小4で160ですよ。毎年10cmくらい伸びてますし」
「ハハハ、山村家にしても随分と大きい方だな」
「そうですよ。なんでうちは、妹ばかりデカくなるのか・・・・・・」

-FIN
子どもの成長期
 山村志穂は昔から背の高い女の子だった。小学校入学時ですでに120cmあった。それからも年に10cm背を伸ばし、4年生で160cmになり学校で一番の長身となった。しかしその後志穂は『成長期』を迎えた。5年生で180cmになり、志穂より背の高い人は一気にその数を減らした。そしてその1年後、志穂はさらなる成長を遂げていたーー
「山村志穂さん!」
 その名前が呼ばれると、クラスの誰もがこの後起こることに注目した。「いくつだと思う? 俺4」「俺は8に賭けるな」「俺は10行くぜ!」憚りなく数字を予想する男子に志穂は赤面し、それに気が付いた女子数人が男子を責める。「ちょっとそういうのやめなよ!」「志穂ちゃんがかわいそうじゃん!」それに対して、男子も言い返した。「はあ?」「お前らだって昨日の昼休みにやってたじゃんかー!」やがて男女の抗争へと発展し、保健室は大騒ぎになった。それを見て、志穂はさらに顔を赤くした。
「はい皆、静かにしなさい! 保健室は静かにって、一年生の時から言われていることを、どうして6年生に言わなきゃいけないんですか! これは遊びじゃありません、真面目にやりなさい! はい、志穂さん」
 静まった保健室で、志穂がただ一人立っていた。保健室の先生は155cmと、大きめの6年生くらいの背丈であるが、志穂と並ぶとまるで姉妹のようである。肩よりも頭半分ほど背が低く、しかし肩幅は志穂と変わらないくらいであった。
 志穂は上履きを脱いで身長計に乗る。その様子をクラス全員が凝視した。志穂は顔を真っ赤にして、小さく笑っていた。
 志穂が背筋を伸ばしきる前に、志穂の頭が身長計の押さえにぶつかった。先生は困った表情で志穂の周りを歩きまわる。途端に、クラスが再びざわめきだした。
 「マジかよ!」「12くらいいってんじゃね?」「じゃあ一番近かった俺が勝ちだな!」先ほどの男子が再び下世話な会話を始めるが、女子の方は口をポカンと開けて呆然としていた。大方の男子もそんな調子だった。
「こ、こら・・・・・・山村さん、あとでまた測りましょう。放課後に保健室に来てね。はい次! こら、静かにしなさい!」
 志穂は身長計から降りて上履きを履き、そそくさと出口に向かう。軽く背中を曲げてドアをくぐり、両手で口を隠してにやにやと笑いながら小走りで教室に向かう。その後の測定で、志穂は身長202cm、体重61kgであるということが判明した。200cm超えの、細長い小学6年生であった。

 身体測定を終えた志穂は、嬉しそうにスキップしながら家に帰る。そして家に着くなり、姉の部屋に直行した。
「お姉ちゃん! 身長比べよう!」
 志穂に誘われ、姉の夏海は机から三角定規を取り出してしぶしぶ立ち上がる。そして直立して、妹を軽く見下ろした。夏海は最近の測定で206cmとなっていた。
 背くらべは、柱に印を付けてその差分を鑑賞するというものである。初めに志穂が柱に背を向けて直立し、夏海が印をつけた。次に役割を交代して志穂の背の位置に夏海が印をつけた。差は4cmだった。
「なに、あんた22cmも伸びたの?」
「うん、成長期だから! もうちょっとでお姉ちゃんよりも大きくなるよ!」
 この背くらべは2年前、志穂が小学4年生で夏海が中学1年生の時から続いている。当時、志穂は160cmで、夏海は200cmだった。夏海はその前年に『成長期』を迎えて1年で30cm伸ばし、それに続く形で志穂も急成長を始めた。
「はあ・・・・・・で、体重はいくつだったの?」
「61キロ! 60キロ台になったよ!」
 206cmで85kgの夏海は、志穂の発言に眉をひそめる。夏海も決して太ってはいないし、むしろ痩せている方だ。しかしそれ以上に細身の志穂に乙女として対抗心を抱き、同時に妹の健康を心配した。妹は普通の6年生を縦に引き伸ばしたように細長く、ひ弱な体型であった。肌を掴むと、脂肪も筋肉もない、ただの皮が指と指の間に挟まれた。
 決して小食なわけでもない、高校生で食べ盛りの兄と同じかそれ以上の食欲はあった。しかし食べた分は全て縦の成長に使われ、脂肪として貯められることがなかった。プールに入るとあまりに低すぎる体脂肪率のために沈んでしまうほどだった。
 そんな細長い志穂は、小学校の後輩、特に小学1年生からはその体型にちなんで『キリンのお姉ちゃん』というアダ名をつけられていた。6年生になるとよく1年生と関わるようになったが、志穂は一番人気のお姉さんだった。1年生は志穂の腰ほどの身長しかなく、志穂が持ち上げると一気に身長の2倍の高さにまで目線が上がり、幼子たちはそれを楽しんだ。

 家のドアの高さはおよそ200cmであるがゆえ、200cmを突破した志穂は頻繁にドアに頭をぶつけるようになった。最初は頭のてっぺんをややかするくらいであり、頭から額へと日に日にぶつける位置を下げていった。そして、姉の身長に追いつこうとしていた。毎日のように姉を呼び出しては背中を合わせ、頭の上に手を置いてどちらが高いかを確かめた。姉は面倒くさそうに対応するが、心の中では抜かしてくれることを期待していた。そして6月、ついにその時がきた。
「あれ、うちの方が大きくない?」
「そう? じゃあ、測ってみましょう」
 姉妹は4月にやったのと同じ背くらべをする。唯一4月と異なることは、柱には5mm間隔でメモリが刻まれており、印をつければ身長も分かるようになっていた。柱に2人の身長が書き込まれると、志穂のそれは夏海のよりも5mmほど上にあった。
「やったあ!」
 妹はその細長い巨体を飛び上がらせて無邪気に喜び、高さ240cmの天井に頭をぶつけた。自分の頭をさすりながら、姉の頭も撫でて自分よりも小さくなった夏海をからかった。夏海は嫌そうに振り払ったが、内心ではとても喜んでいた。
 家族で一番の長身となってからも、志穂の成長は留まることを知らず、むしろ加速していった。月に3cmという非常識な成長速度にアクセルをかけていった。ドア枠が目線の位置になる頃には、ドアに頭をぶつけることはめったになくなっていた。代わりに、自分の大きさの感覚が掴めず、体のいたるところを、どこかしらにぶつけるようになった。
 7月には210cm、8月には215cmとなり、夏休みにはひと月で10cm伸ばして9月には225cmとなった。特注された巨大な衣類は、初めは3段ほど折って使っていたが、23cmも伸びればつんつるてんとなってしまった。食事も兄の3倍は食べるようになった。身長が伸びると同時に、脂肪も多少はつくようになった。ナナフシのように細くガリガリだった志穂は標準的な痩せ型となった。身長は、夏海よりも頭半分ほど大きくなっていた。
 クラスメートとの身長差も日に日に大きくなっていった。志穂の次に背の高いのは160cmの女子であったが、志穂の肩よりも頭1つ小さく、胸よりも低い位置に頭があった。抱きつけば、志穂の鳩尾にうまく収まる、そんな親子のような身長差だった。背の順で並べば彼女の後ろに志穂が並ぶことになり、列よりも頭3つほど飛び出ていた。一方クラスで一番小柄なのは130cm程度の男子であり、彼の目の前には志穂の腰があった。背中合わせになると、小人の手首の位置に志穂の膝があり、志穂の手首には彼の肩がきた。気を付けていないと、彼の頭をまるごと覆えてしまうほど巨大な手を、彼の顔面にぶつけてしまうこともあった。
 10月には修学旅行がある。志穂の学校は新幹線に乗って某県まで行くのだが、新幹線の天井は220cmもないため、230cm近い志穂は新幹線の天井に頭をぶつけ中腰で車内を移動した。さらに駅では1000人以上の人々の目を引いた。当然、志穂よりも背の高い人はいなかった。常に集団から胸より上が飛び出ていた。記念撮影を求められることもあったが、志穂は快く応じた。

 ――――ゴン。
「イタッ」
「大丈夫、志穂?」
 夏海は志穂を見上げながら妹を気遣う。志穂は頭をさすりながら、背中と膝をさらに曲げて自分を小さく見せた。200cm超の夏海も、志穂と並ぶと頭ひとつ分背が低かった。
 2月、ついに志穂は240cmを突破し家の天井よりも背が高くなった。蛍光灯の交換で志穂と夏海はしょっちゅう活躍していたが、志穂は背が伸びすぎたためにもうできなくなってしまった。がに股になって蛍光灯を交換するのは、傍から見れば思わず吹き出してしまうほど不格好なものだった。高2の兄、春樹がそんな志穂を見てプッと笑うと、まず夏海が睨みつけ、次に志穂が顔を赤くして兄を強く抱きしめた。春樹は185cmと高校では1番の長身だが、彼の顔には志穂の平たい胸が当たった。痩せてひ弱な志穂であったが、本気で抱きつけば春樹も余裕ではいられなかった。むしろ、脂肪に乏しい硬い体に押さえつけられ、皮膚が炎症を起こすこともあった。
 天井より大きくなったところで、志穂の成長が打ち切られるわけではない。志穂はぐんぐんと安定した成長を見せ、卒業式を迎える頃には246cmに達していた。学校で2番めのノッポは170cmで、チビは135cmだった。チビの頭はノッポの肩の位置にあったが、ノッポの頭は志穂の肘くらいの位置にあり、肩よりも、胸よりもずっと低くなっていた。志穂が地面に立ち、ノッポは2段上に立っていたが、それでも志穂の方が頭1つほど高かった。

「きりんのおねーちゃーん!」
 卒業式の後、何人かの1年生がジャングルジムの方から志穂に向かって手を振る。志穂がよく世話をした1年生のうち、特に志穂に懐いていた児童たちだった。志穂はそっちへ行きたいと思ったが、新品の制服を汚すのは嫌だと思い、躊躇した。
「志穂ちゃん、ブレザー持とうか?」
「え?」
 臍のあたりから少女の声がする。見下ろすと志穂の友人2人が、ニコニコしながら志穂を見上げていた。志穂は少し照れくさそうに巨大なブレザーを脱いで彼女らに渡し、ジャングルジムに向かって歩き出す。ジャングルジム、児童にとっては巨大な遊具であるが、高さは270cmしかない。上にいる子どもも、志穂が手を伸ばせば捕まえることができてしまう。志穂と1年生は、そんなことをして遊ぶことがよくあった。
 志穂が1年生と遊び、別れを惜しんでいる間、残された友人らは志穂の巨大なブレザーを手にして興奮していた。志穂が着ればやや大きめで済むブレザーも、普通の人が着れば膝上ワンピースのようであり、肩幅もブカブカだった。
「でっかーい!」
「きゃははは!」
 元来人より大きく、この1年でさらに巨大化してしまった志穂。そんな志穂は、今日で小学生をやめる。2年前のいたずら以来『成長期』に入り、いまの非常識な体躯が出来上がった。結果、色々な不自由を抱えた。しかし、志穂はそれを楽しんでいた。誰よりも大きくなりたいという願いは当時の新鮮さを失いつつも依然として志穂の心の内に漂っていた。また周りも、志穂の巨体を楽しんでいた。巨人の志穂は、そこにいるだけで周りを楽しませてしまう、そんな魅力を備えていたーーーー
-FIN
遺伝子とドーピング
 5歳の美緒は大きな母親が自慢だった。295cmという人類史上最高身長の母親が自慢だった。お母さんと同じくらい大きくなりたい、物心がついた頃にはそんな願望を抱くようになっていた。
 しかし、美緒は年長にして身長95cm、来年には小学生になるというにも関わらず100cmに満たない低身長であった。周りの人々は、まだ年長だからと、小学校に上がったら伸びると口を揃えて言うものの、美緒はその日が待ち遠しくて仕方がなかった。どうせ伸びるのなら、今のうちに伸びてほしいと思っていた。しかも最近、兄の身長が母親には遠く及ばず父親くらいの背丈で止まっていることに気が付き、自分もそうなってしまうのではないかと不安を覚えるようになっていた。
 勇太郎は自分の低身長に悩んでいた。中学1年生にして155cmと標準的であった。これは成長期が遅いのではなく、むしろ早すぎたからこその低身長であった。その事実は勇太郎の悩みを一段と深刻なものにしていた。小学2年生の頃には彼は現在の身長に達し、父親の翔太を超えた自分を誇りに思っていた。そして将来は母親を超えるほどの巨人になることを当たり前と思っていた勇太郎であった。しかしその後彼の身長は1センチも伸びることはなく、今に至るのであった。

 勇太郎の母の兄、つまり伯父にあたるハルキが家にやってきた。身長185cmという高身長のハルキを勇太郎は苦手に思っていた。やがてはこんな伯父なんかよりも巨大になるとかつては思っていたが、遠く及ばず成長期を終えようとしている彼をハルキは無意識に刺激した。
「おー勇太郎、元気だったかー?」
 ハルキは数年ぶりに出会った勇太郎の頭をワシャワシャと撫でる。小学校低学年までは喜ばれたこの動作も、今の勇太郎には侮辱に感じられた。勇太郎はムッとした。それに気がついたハルキは昔の自分を思い出して、自分の経験に沿ってこんなアドバイスをした。
「勇太郎はいま中1か。きっとこれからでっかくなるぞ!」
 それを聞いて勇太郎はさらにムッとして、どこかに行ってしまった。ハルキがまずいことをしたなと思っていると、後ろから翔太が姿を現した。
「お義兄さん、勇太郎の前で身長の話は禁句です」
「ああ、すみません。昔のノリで接してしまって」
 翔太は申し訳なさそうな微笑をハルキに向ける。小柄な体躯に丸々膨らんだ腹部、ビール腹をハルキに向けながら、翔太は小さく会釈する。
「あいつ、小3くらいから身長が伸びていないんですよ。だから今後も伸びないんだろうって、ふてくされていて」
「ああ、そうだったんですね・・・・・・」
 翔太は小さな体をさらに小さくして、お辞儀をした。ハルキはいじける勇太郎のことを思い出しながら、もう一度過去の自分を思い出す。妹に抜かされ、長身の従兄弟に嫉妬していた少年時代。
 従兄弟・・・・・・その単語を思い出すなりハルキはニヤリと笑って、勇太郎を探した。勇太郎はすぐに見つかった。
「勇太郎くん、さっきはすまなかった」
「・・・・・・」
 勇太郎は伯父の言葉を無視して、つまらなそうにゲームをしていた。
「いい話があるんだ。僕の従兄弟が成長の研究をしていてね、背を伸ばす薬を開発したらしい。よければ、従兄弟のところにラボ見学に行ってみないか? もしかしたら、薬をもらえるかもしれないぞ」
 勇太郎はぱっと目を輝かせた。そして無表情で伯父の顔を見上げた。
「・・・・・・本当?」
「ああ、嘘は言っていない。薬がもらえるかはわからないが、きっと何かの役には立つさ」
 実はお母さんもその薬で大きくなれた・・・・・・というところまでは、ハルキは言わなかった。母に効果が表れたからといって、息子も同様かはハルキにはわからなかった。万一関係がないとわかった時、さらに勇太郎を失望させてしまうとハルキは思った。
 それから勇太郎とハルキはチャットアプリのIDを交換した。勇太郎はそれからは上機嫌で伯父と遊んだ。



「ここが研究所・・・・・・」
 勇太郎は妹と手をつないで、伯父の言っていた研究所の前で立っている。警備員の立っているドアを白衣が何度も出入りする。そんな絵に描いたような研究所の風貌に、勇太郎の心拍数は徐々に増していった。
「ねーねー、ここなーに?」
「伯父さんの従兄弟の研究所。お前、おとなしくしてろよ!」
 美緒は兄の声が聞こえないと言った様子で、そわそわしながら周りを見渡す。父母が不在であり、自分が連れていかざるを得なかったことに苛立ちを覚えながら勇太郎は美緒の肩を揺らした。研究員が怪訝な表情で勇太郎を見ては、彼はビクリとした。
「あら、もしかしてトシくんの言っていた、勇太郎くんかな?」
 女性の声がした。勇太郎が振り向くと背の高い綺麗な女性が、腰を曲げて勇太郎を見下ろしていた。
「初めまして、坂本勇太郎って言います!」
「初めまして。今研究室に案内するね。広くて大変だったでしょー」
 女性は腰を伸ばし、勇太郎の手を取って研究所の中に入った。エレベータに乗っている間、勇太郎は女性のことを下から上まで見回した。巨大な母の息子ではあるが、ヒール込みで身長180cmの女性というのは普通に珍しい。また、その美貌は思春期の少年を惚れさせるには十分な刺激であった。
 エレベータが到着し、研究室に入る。壁一面に本棚が立てられており、机には書類が散乱し、実験装置も多かった。
「トシくん、自分の部屋でも実験しちゃう人だから。触ったりしないようにね。私は隣の実験室にいるから、何かあったら来てね」
「は、はい! ありがとうございました」
 女性は勇太郎に向かって柔らかく微笑み、ドアの向こうへと消えていった。勇太郎はその笑顔で、彼女の美貌に完全にやられてしまった。女性がいなくなってからも勇太郎の頭には彼女の3Dモデルが動いていた。美緒があちこち動いていることにすら気が付かず、己の煩悩に夢中になっていた。
 綺麗な実験装置、古びたビーカー、ピペットマン。小さなマウスや大きなマウスをひと通り見終わったあと、美緒は引き出しを開け閉めしだした。中には様々な瓶詰めの薬品が入っており、ラベルには英数字が書いてあった。幼稚園児の美緒は英数字を見ると興味無さげに引き出しに戻したが、一つ、かな漢字のラベルがあり、美緒はそれに目を引かれた。
 成長補助剤(仮名)(試作品)(最終調整済)(注、原液、10倍以上に希釈せよ!)、デカクナール(製品名)(仮名)
 美緒はそのカタカナに目を引かれた。兄のやっていたゲームに飲むと巨大化する薬が出てくるのを美緒はよく覚えていたが、それと同じ名前の薬が目の前にあることに気が付き目を輝かせた。そして美緒は、ビンの蓋を開けて薬を飲み干してしまった。空になったビンを引き出しに戻し、再び引き出しを物色しようとしたところで1人の男性が部屋にやって来た。
「おまたせ、待たせたね勇太郎くん。それと・・・・・・ああ、そこにいた、美緒ちゃん。えーと、何の用だったっけ?」
 妄想にふけっていた勇太郎ははっと驚き、彼に向かって慌てて挨拶をする。そして2人は研究室で例の薬についての話を目の前の博士から聞いた。
 薬をもらえることを期待してここまでやってきた勇太郎だったが、商品化したために企業秘密として外部に漏らせないことを知ってはわかりやすく肩を落とした。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでくれ。これがパッケージの草案らしい。サプリメントにして売る予定だ。これが試供品だ、できたてほやほやだぞ。飲んだら正直な感想を送ってほしい。じゃあ、そろそろ遅いな。気をつけて帰るんだぞ」
 勇太郎にサプリメントのチラシを押し付け、博士は2人を研究室から追い出す。兄はがっかりした調子で、妹は上機嫌で元きた道を帰っていった。
 一方博士はしばらくぼうっとしてから、引き出しを開けて例の薬を確認した。
「ああ、いけない。実験に使ったきり補充してなかったか。これは保存用だから、金庫に入れておこう」
 彼はマジックを手に取り、数字の10の隣に0を一つ書き加えて100にしてから、ビンを持って実験室に向かった。



 勇太郎は研究室に行って以来、毎日欠かさず貰ったサプリメントを飲んでいた。試供品がなくなったら、通販で手に入れて毎日飲んでいた。しかし一向に効果は表れなかった。パッケージには『最初だけじゃない! 一度飲めば無理のない持続的なアップグレード』という文句が書かれているが、勇太郎には最初の効果すら表れなかった。博士に相談しても、生物実験に個体差はつきものだと一蹴されてしまうのみだった。
 一方で美緒は急成長を遂げた。母親似の美緒は身長も母譲りで、何もせずとも300cmを突破する運命にあったもののその成長力は薬で更に強化された。
 小学校に入学する頃には160cmと兄の身長を超え、学校の児童で美緒よりも大きいのは高学年に5人といなかった。担任の女先生よりも大きかった。そして年々40cm以上背を伸ばしていき、2年生で200cmを超え、4年生で300cmを突破し母よりも、学校の天井よりも大きくなった。しかし中身は子どものままであった。幼児向け魔法少女アニメを高学年になっても鑑賞し、魔法のステッキで巨大化する様子を見てステッキを欲しがるような、そんな少女だった。

「お兄ちゃんいくつー?」
「えーと・・・・・・400cmジャストだ」
「やったね!」
 セーラ服姿の少女が横になり、兄が巻尺で彼女の身長を測る。今日は小学校の卒業式。新品の制服に身を包みながら、卒業生の少女はそんなことをしていた。
「シワには・・・・・・なっていないみたいだな。ったく、世話が焼ける」
「お兄ちゃんありがとうねー。だって、小学校最後の身長、気になるじゃん」
「どうせいつ測っても、馬鹿みたいに伸びてるんだろ?」
「うーん、女子の成長期は小学生で終わりって言ってたから、もう止まっちゃうかも・・・・・・お兄ちゃんのサプリ、飲んでもいい?」
「やめろ! ってか、まだでかくなりたいのかよ・・・・・・」
 2倍以上の体格差のある妹を見上げる勇太郎の横を、巨大な太ももが通過する。
「美緒ちゃーん、行きましょー」
「あ、ママ行くー!」
 勇太郎の2倍ある母も、美緒と並ぶとまるで母娘が逆転したような体格差となる。美緒の胸くらいの位置に母の頭があるのだが、そんな身長差以上に美緒の肩幅は母のそれの1.5倍ほどあり、美緒のほうが数回り巨大に見える。そんな体格逆転母娘は仲良く玄関をあとにして、小学校へと向かった。気持ちが高まり、背伸びして電線を触る美緒を微笑みましく眺めながら、母はカーブミラーで化粧落ちを確認した。そんな巨人母娘を周囲は微笑ましく思いながら見ていた。



 シホは机の上に置かれたビンをじっと見ていた。つい最近、シホの従兄弟から送られてきたものだ。その中身は、6年前に美緒が誤飲したものと全く同じものであった。
「ま、まずはちょっとだけ・・・・・・」
 シホは小さなスプーンで一杯分だけすくい、それを口に含む。齢40になったシホにはひとつ悩みがあった。体が大きくても老化は進む。化粧で隠そうにも、巨大な肌面積を覆う化粧は普通の人よりも目立ってしまう。美緒には敵わないとはいえ身長295cmの巨躯を持つシホは町を歩けば目立ち注目される。そんな周囲の視線をシホはかつて好んでいたが、最近目尻の小皺に気がついて以来、人目に敏感になってしまっていた。
 そんな時、従兄弟の開発した薬にアンチエイジング効果があるとの話を耳にした。美緒の急成長が従兄弟の薬のせいというのは勘付いていたものの、シホはなんとなくそれを公言したくなかった。しかしその副作用を知ってより直ちに従兄弟に連絡し、無理を言い、時に脅すようなことを言って薬の原液を送ってもらった。しかしいざ薬を服用するとなると、途端に気が引けてしまった。目的が切実であるがゆえに、シホは昔のような豪傑さを発揮できなかった。
 シホは水を飲んで口内の薬物を洗い流し、ふうと小さくため息をついた。
「ただいま―!」
 ドアが開き、ゴンという鈍い音がしてから中腰の美緒がリビングに姿を現す。シホのために立てられたこの家は天井500cmと非常に開放的なつくりであったが、すでに500cmを突破した美緒にしてみれば窮屈だ。少し離れた所で新築を建てようという話が出ているが、完成はまだまだ先のことである。
「おかえり、美緒ちゃん」
「ただいまー! あ・・・・・・」
 美緒はテーブルの上のビンを見るや、目を輝かせながら手を伸ばしてそれを飲み干した。あまりに急なことにシホは一瞬何が起こったのかわからなかったが、やがて事の大きさを実感した。
「え・・・・・・美緒ちゃん、何してるのかな?」
 シホはゆっくりと立ち上がる。目の前には美緒の腰がある。
「これ、デカクナールでしょ? ママは飲んじゃダメ!」
 そう言ってシホの額に巨大な指をちょんと当ててから、美緒は自分の部屋に向かった。シホはしばらくの間、その場で呆然としていた。
 1年で美緒は110cm身長を伸ばして510cmになり、ついに家の天井よりも巨大になった。美緒はその成長を大いに喜んだ。しかしその反面この急激な成長期を不安にも思っていた。保健体育の教科書で、ある一年に急激に伸びてそれで止まってしまうタイプの成長期を過ごす人もいるのだと知り、美緒は自分がそうではないかと不安を覚えていた。来年からは1ミリも伸びなくなるのではないかと思った。そんな不安を抱えた美緒の目に入った、母親と成長薬の存在は美緒に不安と希望を与えた。美緒にできる最良の行動が先のものであった。

 美緒の成長期は薬の効果でいくらか延長されていたが、さらなる薬の効果でそれは益々激しいものとなった。1年で240cm伸ばし、750cmとなった。美緒は普段は屋外から教室の中を覗いて授業を受けているのだが、750cmともなれば2階の教室でも中腰にならないと中が見えない。また、式典のあるときは他の生徒と同様に体育館に入っていたのだが、正座でも360cmと天井よりも高くなった。無理に入るには匍匐前進をする必要があるのだが、肩幅140cmの巨体がする匍匐前進は学校を破壊してしまうため、それ以来美緒が校内に入ることはなかった。

「――って言われてさ、落ちちゃったの! ひどくなーい?」
「いや、お前が馬鹿なだけだろ!」
 美緒は正座をして、それでも半分に満たない兄を見下ろしながら口調を荒くしていた。今日は美緒の高校受験の日であるが、美緒は試験を受けることすらできなかった。
「案内のお姉さんがいて、中にどうぞって言われたの。で、言われた通り中入ったけど狭いから色々壊しちゃって、すごく怒られた。で、今度は入らないでって言われて」
「そもそも入れないってわかってんだから入るなよ」
「だって、やってみないとわからないじゃん! もー、むかつくー。もっと大きくなって、踏みつぶしてやりたい!」
「やめろ、冗談に聞こえないから。てか、まだでかくなりたいのかよ・・・・・・はあ。お前、中学卒業したらどうするんだ?」
「先生にお仕事紹介してもらったから、大丈夫かなって。働くんだったら、町の外がいいなー。電線邪魔だもん」
「まあ、そうだな」
 4月、900cmになった美緒は腰くらい、もしくは頭ほどの高さに張り巡らされた電線を交わしながら、町の外に向かった。勇太郎も一緒についていった。SOHOを使って自宅から仕事をこなす勇太郎にとって、場所は関係ない。妹を心配して、彼もついていくことにした。



「美緒ちゃーん、こっちもよろしくー」
「はーい」
 美緒は地面を足で軽く均してから、膝を曲げて思い切り真上に向かって跳躍する。数秒後、あたりを小さな地震が襲った。土は美緒の体重によって固められ、小人にとって歩きやすくなった。そんな工事の様子を横目で見ながら勇太郎は広い自宅で仕事をこなしていた。
 町の外に出てから美緒は活発になった。正確には、今までは環境のせいで持ち前の活発さを発揮できていなかった。人里離れた僻地で思う存分に動き回れる現在、美緒は健全な成長に必須の適度な運動習慣を持つことが可能となった。美緒は巨体を活かせる仕事なら何でもやった。成長期も手伝い、美緒の身長は5月現在1000cmとなっていた。1ヶ月で100cmも背を伸ばした。この調子で行けば来年には20mを突破するなあと頭の片隅で想像しながら、今日も勇太郎は淡々とデスクワークをこなす。
 
――キキーッ!
 土でできた地面をタイヤが滑る音が聞こえたかと思えば、甲高いブレーキの音が勇太郎の耳を刺す。インターホンも鳴らさずに1人の長身な男が、足音を荒くして家に上がり込んできた。博士がやってきた。
「勇太郎くん! ちょっといいかな?」
「トシさん。インターホンくらい鳴らしてください」
「ああ、すまない」
 博士はもう一度玄関の外に出て、インターホンを鳴らす。勇太郎は首をかしげながら玄関に向かった。
「・・・・・・はい」
「ああ、勇太郎くん、急に済まない。今大丈夫か?」
「はい、まあ」
「君の妹さんの、美緒ちゃんのことで話があるんだが――」

 ――砂ぼこりを立てながら車が去っていく。勇太郎の手には一本の注射器が握られていた。1.5リットルペットボトルくらいの長さと太さを備えた、巨大な注射器だった。妹を説得してこれを注射せよ、博士の言ったことを端的にまとめればそうなった。
『美緒ちゃん、シホちゃんにのみ共通する特殊な遺伝子が見つかった。彼女たちの応答性の高さはここにあるんじゃないかと僕は睨んでいる。僕の仮説が正しければ、この薬を注射すれば遺伝子が活性化する。これは世紀の大発見だ。遺伝子操作と薬物で、ここまで安定した過剰成長を実現できるなんてな! 将来は細胞成長のコントロール及び人工臓器への応用が――』
 博士の興奮した口調が、勇太郎の脳裏に焼き付いて離れなかった。この研究に意義があるのは素人の勇太郎にもなんとなくわかった。しかしそのために妹を、ただでさえあんなに巨大化した妹を犠牲にするのはどうなのかと、兄としての倫理が伯父への協力を妨げていた。10m、これは美緒の現在の身長であり、同時にこの家の天井の高さでもある。急成長を予想できる以前に立てられたこの特注の家はすでに美緒には窮屈なものとなっていた。立て直しの計画が現在進行形で進んでおりすでに最終段階なのだが、さっき計画の変更が必要になり、勇太郎は頭を痛めた。
 ガチャン――
「ただいまー! あれー、それなーに?」
 勇太郎ははっとした。空が赤くなっていた。何時間経ったのか、仕事はどこまで進めていたか、さっきまでの悩みに加えたあらゆる心配事が一気に勇太郎の脳内を占拠した。
「あートシさんがさっき来てな」
「トシさん! で、それ新しいお薬? 今回のは注射なんだね!」
「あ、ああ。お腹とかに刺すらしいぞ」
「それ知ってる、お父さんがやってたやつでしょ! 任せて!」
「あ、いや。ちょっと!」
 勇太郎が止めようとしたつかの間、美緒は巨大な注射を躊躇なく腹部に刺した。勇太郎は頭が真っ白になった。美緒はそんな兄に向かって、無邪気な笑みを浮かべた。
「これで、もっと大きくなれるかな?」
 勇太郎は呆然としながら、目の前に立つ、自分の肩幅以上に太く巨大な足首を見つめるしかなかった。



・・・・・・ミシミシ、ミシミシと家が悲鳴をあげる。見た目は3階建て、実際は1階建ての美緒専用の家が悲鳴をあげていた。勇太郎はそんな不気味な軋みで目を覚ました。
「ん? なんだ?」
 隣に寝ているはずの美緒の方を振り返り、勇太郎はぎょっとした。美緒の足が家の壁を圧迫していた。昨夜までは美緒が横になってもまだいくらか遊びが残る設計になっていた。しかし今、美緒は膝を曲げた状態で横になり、頭と足で壁を圧迫し今にも家を破壊してようとしていた。
 勇太郎は飛び上がり、パジャマ姿で車のキーを手にして外に出た。エンジンをかけ、車を走らせた瞬間に後ろの方で爆音がした。500mほど走ったところで車を止め、家の方に小走りで戻った。
 現在の家の有様を見て、勇太郎は呆然と突っ立っていた。巨大だった家がまるでドールハウスのように小さくなり、下半分は破壊されており、あたかも美緒の恥部を隠すかのごとくちょこんと股間に添えられていた。目の前には太さだけで勇太郎の4倍はありそうな巨木が横たわっていた。これが動いたらと思うと勇太郎はぞっと背筋を震わせたがそれは直ちに現実となった。
「ん、うーん・・・・・・」
 重低音が周りの木々を震わし、巨木動き始めた。勇太郎は巻き込まれないようにと車を目指して走りだした。
「あれ? お兄ちゃん?」
 美緒が反射的に勇太郎に手を伸ばす。勇太郎の3倍ほどの壁が猛スピードで勇太郎を襲った。壁は優しく彼を包み込み、今度は上昇を開始し勇太郎の体にGをかけた。
「お兄ちゃん、どうしてそんなに小さいの? あれ? ここどこ、おうちじゃない」
「お前がでかくなったんだ!」
「ん? ・・・・・・あー、そう言えばお注射したね。えへへ、また成長しちゃったー」
 目測10倍ほどに巨大化しても呑気な妹に、勇太郎は小さくため息をついた。これからどうするのか、どうやって暮らしていきのか、また家を建てるのか、自分の仕事はどうしようか。勇太郎は次々と湧き上がる不安に頭痛を覚えた。
「あ、見て! 朝日だよー」
 そう言いながら美緒は手のひらを上昇させて、兄に朝日を見せる。規則正しい生活をしているとこの時期には中々見られない朝日、オレンジ色があたりを鮮やかに照らした。
「ねえねえ、町に出てみない?」
 相変わらず呑気な妹に、勇太郎はただ首を縦に振ることしかできなかった。その途端、妹は立ち上がり、足元を気をつけながら町へと向かった。

「がおー、怪獣だぞ―」
町に身長に足を踏み入れながら、美緒は小さな声でそう言った。
「おい、シャレにならないからやめろ」
「えへへ、みんな小さいなー」
 足元には高校の校舎があった。4階建てで15mほど、町では1番大きいが、身長100mの美緒と比べると膝にも届いていない。
「ちょっと前に踏み潰してやるーとか言ってたけど、本当に潰せちゃうね」
 美緒は足を軽く浮かせて、校舎の真上で足を浮かせた。美緒の15mの足は足にしてはとてつもなく巨大だが、高校の屋上に備え付けられた20mプールにすっぽり入るくらいには小さかった。兄は小さくため息をついた。
「・・・・・・遊ぶのは勝手だが、慎重にな」
「わかってるって! ・・・・・・あれ?」
 突如、勇太郎の下に引かれていたカーペットが揺れだす。そして次の瞬間にはその面積をグイグイと増していった。美緒は変化していく周囲の状況に酔いを覚えながらもなんとかして平衡感覚を保ち続けた。美緒の足は、校舎を丸々覆えるくらいに巨大化していた。
「うわ、なんかまた大きくなった」
「あっぶねー。まだでかくなんのか・・・・・・」
 指の太さだけでも勇太郎の2倍はある。500mの少女は宙ぶらりんの75mの大足を校庭に置いた。その時フェンスやらサッカーゴールやらをいくつか破壊した。
「おい! なんか色々壊したぞ」
「だ、だって。他に置くとこないし・・・・・・」
「く・・・・・・これ以上被害を出す前に、山の方に戻ろう」
「う、うん」
 少女は来た時以上に慎重な、そして巨大な一歩を踏み出しつつ、山に戻っていく。朝日が上り、家から顔を出す人もちらほらいる。誰もが上空を移動する全裸の少女をぽかんと見上げ、空気の重い振動を感じ取った。
「うー、さすがにちょっと恥ずかしい・・・・・・」
「我慢しろ、もうすぐだ」
 町の人々に見送られながら、少女は山の向こうへと姿を消した。少女が見えなくなり、町には日常が戻り、止まっていた時間が動き出した。

 少女は山の後ろに隠れるようにしゃがみこんでいた。彼女は今後、どこでどのようにして暮らしていけばいいのか。遺伝子とドーピングによって巨人と化した少女が人ならざる生涯を人並みに全うしていくのは、また別の話である。
-FIN
*この作品はケンさんからのリクエストです。
SS1

男「母さーん、着替えたよー」
母「はーい」

新品の学ランに身を包みながら、男は言った。母は黒い学ランについたホコリを粘着テープでさっさと取っていく。152cmと平均体型の男に対して母は165cmと高めであり、長身な母は時々屈みながら学ランの掃除をした。

母「うん、よし」
妹「うわあ、お兄ちゃんかっこいー!」

妹がひょっこり現れて、まじまじと兄の学ラン姿を見つめる。それから自分の背中にあるランドセルを見た。ほんの数週間前まで同じ物を背負っていた兄が中学生になろうとしている。妹は、兄が少し遠くなったように思えた。

妹「いいなあ制服、かっこいい」
男「ははは、お前も3年後に着ることになるぞ」

妹は頬をふくらませながら、男をじっと見る。130cmと小柄な妹が男を見上げると自然と上目遣いになり、男は睨まれている気分になって目をそらした。

母「男、そろそろ行くわよ」
男「はーい」
妹「私も一緒に行くー」

途中まで親子3人で一緒に歩く。分かれ道、まっすぐ行けば中学校があり、右に行けば小学校がある。

妹「あ、妹友ちゃん!」
妹友「あ、おはよー」

妹の友人にばったり出くわした。妹は小走りでそちらに向かった。男は妹友と目が合い、お互い小さく会釈した。
妹友は小4にして150cmと背が高く、男とほとんど変わらない。そのせいで男は、妹友が少し苦手だった。妹友もまた同様だった。

妹「じゃあ、行ってきまーす」
母「気をつけてねー」

妹を見送り、親子は中学校に向かう。学校に近づくに連れて仲間も多くなり、校門は様々な人で賑わっていた。

女「あ、男。おはよー」
男「おはよう」

女と出会う。小学校時代は6年間同じクラスだった仲間の1人だ。特別仲が良いわけではないが、背丈がいつも同じだったためお互い多少の親近感を持っていた。

女「ねえねえ、先輩が受付やってるよ」
男「え、まじ? そっか、先輩かあ、ちょっと懐かしいなあ」

女は男の手を取り、知らないうちに親と離れて2人で受付に向かった。女の言ったとおり、先輩が受付をしており2人をみつけるなり微笑んだ。

先輩「おはよう2人とも、久しぶりー! 入学おめでとう」
男「お久しぶりです!」
女「先輩かっこいいです!」
先輩「ふふ、ありがとう」

先輩は微笑みながら応えた。男は若干赤面させながら、先輩を見上げていた。母よりも背の高い、170cmの女の先輩。家が近く、1年生の時から登校班などで一緒になっていた1つ上の先輩だ。

女「あ、男と同じクラスだ」
男「またかよー」
女「なにその反応」
先輩「ふふ、じゃあ2人とも、教室に行こうか」

先輩が新入生2人を教室に誘導していった。



3年後、男は地元の適当な高校に進学した。女との腐れ縁は高校でも続いていた。

妹「お母さんみてー」
母「はいはい、ちょっと待ってなさい」

新品のセーラー服に身を包んだ妹がリビングに入ってきた。今日は中学校の入学式、妹は念願の制服を着て朝から興奮していた。
そんな元気な妹を男は横目で見つつ朝食のパンを食べていた。妹は食卓に出ていた牛乳パックを手に取り、注ぎ口に直接口をつけて一気飲みする。今朝開けたばかりのパックが空になって、食卓に再び置かれた。

妹「ぷはー」
男「今日も一気飲みか」
妹「いいじゃん、美味しいんだもん!」

男はコップの牛乳を飲み干し、カバンを持って立ち上がった。高校の入学式は数日前に終わっており、男はこれから電車に乗って通学するところだった。

妹「あ、お兄ちゃんちょっと待って!」
男「ああ?」

妹は男の真正面に立ち、手のひらを男の頭に乗せた。

妹「うーん、もうちょっとでお兄ちゃん抜かせる!」
男「・・・・・・」

男は静かに妹の手を払い、玄関に向かう。中学校の3年間、男は健全な成長期を迎え175cmとやや高身長になっていた。しかし妹はそれ以上の成長を遂げていた。年に15cm伸ばし、中1新入生にして男と同じ175cmになっていた。以前は小さかった妹の急激な成長を、男は中々受け入れられなかった。自分と肩を並べ、さらに成長しようとしているのが男は内心恐ろしかった。

――
駅に向かう途中、女に出会う。

女「おはよう」
男「おはよう、女さん」

駅で一緒に電車が来るのを待つ。中学校入学時に並んでいた身長は今も変わらない。男が175cmになったのと同じように、女も175cmになっていた。

男「女さんは、部活とか考えてる?」
女「うーん・・・・・・せっかくだし、バレーとかやってみようかなって」
男「じゃあ、先輩と一緒になるんだ」
女「うん・・・・・・先輩、まだ身長伸びてるのかな?」

電車が到着し、乗り込む。2人の目に背の高い人が映り込む。

先輩「あ、2人とも、おはよう」
女「先輩! この時間に来るんですか?」
先輩「部活ある日はもっと早いけど、今日はないから」

先輩は網棚を手すり代わりにして立っていた。高いつり革の支柱に頭が触れていた。

男「先輩、また身長伸びましたか?」
先輩「あはは、男くん久しぶりに会っていきなりそれ?」
男「あ、ご、ごめんなさい・・・・・・」
先輩「ううん、大丈夫。やっぱ気になるよねえー。教えるから、ちょっと耳貸して」

先輩は膝を曲げて男に耳打ちする。202.3cm、先輩はそう言った。男は目を丸くして先輩を見上げた。先輩は男に向かって微笑んだ。

女「ねー男、いくつって?」
男「・・・・・・」

男が女に耳打ちする。女はさっきの男と同じ事を繰り返した。

その日の夜、食卓にて男は、4人前くらいの食事を口に書き込む妹に先輩の話をした。

男「そういえば、登校班で一緒だった俺の1つ上の女の先輩いただろ。あの、背の高い人」
妹「ええ? あー、いたかも。髪の長い人だよね」
男「そうそう。あの先輩と今朝あったんだけど、すごい身長伸びててびっくりした」
妹「ふーん、いくつ?」
男「2メートル」
妹「でか! あ、でも妹友ちゃんもそれくらいあるかも」
男「あー、そんな子いたなあ。てか、あの子いま何センチあるんだ・・・・・・」
妹「うーん、数字はわかんないけど・・・・・・あ、そうだ! そのうち先輩と妹友ちゃんで背くらべしない? 先輩の家ここから近かったじゃん」
男「え? ま、まあ、都合があうなら。先輩に次あった時聞いてみるよ」
妹「うん! あー、先輩どれくらい大きいんだろう。楽しみー!」
男「俺は妹友がどんだけデカイのか気になるよ・・・・・・」

――
インターホンが鳴り、男は外着姿で玄関に向かう。

男「はい!」
先輩「男くん、私だよー」
男「先輩、どうぞ上がってください」

先輩はやや頭を下げてドア枠をくぐった。男は先輩をリビングに案内する。

男「妹はまだ帰ってきてなくて、少々お待ちください」
先輩「うん。あー、噂の子、楽しみだなー」

男が先輩にお茶を出す。途端、インターホンが鳴り出す。妹と妹友がやってきた。

妹「ささ、妹友ちゃん、入って入って」
妹友「お、おじゃましまーす・・・・・・」

妹友がリビングに入ると、男と先輩が自然と目を大きくした。ドアをくぐるほどではなかったが、スレスレの位置に頭頂部があった。

妹友「あ、お兄さんも」
男「・・・・・・」

2人が気まずそうに小さく会釈を交わす。そんなやり取りを見ながら、先輩がイスから立ち上がった。

先輩「はじめまして。妹友ちゃんだよね?」
妹友「は、はい!」
先輩「大きいねえ! 何センチあるの?」
妹友「ひゃ、196です」
先輩「すごーい! まだ中1なのに。私は202cmあるの」
妹友「そ、そうなんですか! すごいです!」
妹「うわー、妹友ちゃんよりおっきー!」

先輩が、ふふっと小さく笑う。男は盛り上がる女三人をイスからぼうっと見上げていた。

――
翌朝、妹と妹友が一緒に登校している。いつもどおり元気な妹の隣で妹友はぼうっとしながら俯きがちに、道を歩いていた。

妹「ねえ、妹友ちゃん」
妹友「・・・・・・」
妹「ねえねえ!」
妹友「ひゃっ! ん? なにー」
妹「どうしたの、なんかぼうっとして」
妹友「え、えーと・・・・・・」

妹友は少し考えてから、まっすぐ妹を見て話す。

妹友「ねえ、妹ちゃん。私、バレー部に入ることに決めて!」
妹「え?」
妹友「昨日、先輩と話してみてそう思ったの。バレーってカッコイイなって!」
妹「そ、そう・・・・・・なんかすごい急だね・・・・・・うん! がんばってね、応援してる!」
妹友「妹ちゃん、ありがとう!」



1年が過ぎた。男の家は女子の溜まり場として毎週のように誰かが来ていた。

妹友「うー・・・・・・」
妹「まだ嘆いてるの?」
妹友「だってー、だってー・・・・・・」

妹友は2年になって、部員からバレー部をやめるよう頼まれた。理由は、身長差があまりに大きくゲームにならないからであった。中学バレーのネットの高さは218cmとすでに妹友より低い。また165cmあれば長身と言われる中学女子バレーにおいて妹友の存在は、小学生集団にプロバレー選手が混ざるようなものであった。

妹「それにしても妹友ちゃん、すっごい身長伸びたよねー」
妹友「うん、せっかくがんばって伸ばしたのにー・・・・・・」
妹「ねえ、ちょっと背くらべしてみようよ」

2人は向い合って、リビングの中で突っ立つ。そのまま抱きつけば、妹の顔が妹友の胸に包まれる。2人の身長差は頭2つ分ほどで、妹友の頭上にはすぐ天井がきていた。妹の成長は終盤を迎え現在180cmになった。一方で妹友はさらなる成長を遂げて230cmになっていた。

妹「元気だしてって。あ、ほら、春高始まるよ!」
妹友「うー・・・・・・」

テレビに女子バレーの試合が映る。周りの選手から頭1つ抜けた女性。彼女にカメラがズームアップし、名前と身長が表示された。先輩の名前、210cmという数字がそこに映っていた。

妹友「うー、かっこいいなあ」
妹「うん、すごいよねー」

サーブを受け、トスをしてアタック。一見単調に見える動きも見ているに連れて段々と熱くなってくる。

妹友「・・・・・・」
妹「・・・・・・」

2人はテレビに見入っていた。手を伸ばすだけでブロックできる先輩の長身。そして、その先輩よりさらに20cm高い妹友。どこからか湧いて出てきた悔しさが妹友の心全体に染み渡る。しかし今は、目の前の試合を見て心の底から先輩を応援するのだった。

試合が終わり、リビングに沈黙が漂う。先輩のいるチームが勝利し、別のチームが試合を始めていた。

妹友「・・・・・・妹ちゃん」
妹「ん?」
妹友「私、今度はバスケで頑張るよ」
妹「え?」
妹友「バスケだったらリングの高さは305cm。あと75cm伸びても大丈夫なの」
妹「・・・・・・そう、がんばってね」

妹友の勢いに圧倒される妹を尻目に、妹友はテレビの中で華麗に飛び跳ねるバレー選手たちを凝視していた。

数年後、身長270cmの女子バスケ選手が登場し日本のエベレストと呼ばれ世界の注目を集めることになるのであるが、その話はまた別の機会に――
-FIN

創作メモ

この短篇集では、巨大化ものをテンポよく書き上げることを目指しています。今後もどんどん増やせていければと思います。なお、多段ものも含めます。