大きな女の子

 俺は昔から『大きな女の子』が好きだった。決して、胸ががでかいとか尻がでかいとか、そんなものじゃない。まあ、そういうのも好きだが。
 とにかく俺は、『大きな女の子』が好きなんだ。例えるなら、ウルトラマンのフジ隊員とか、超弩級少女の衛宮まなちゃんとか、法廷で巨大化する不思議の国のアリスとか・・・・・・上げればキリがない。

 身長が何百メートルもあるような、そんな女の子が好きだ。人に話せば非常識だと思われるかもしれない、変態だと言われるかもしれない、気違いだと思われるかもしれない。でも俺は、そんな女の子が好きだ。
 断っておくが、創作の話じゃない。現実の、生身の女性としてそんな人と出会い、結ばれたい。最低でも300cm。家の中でハイハイして移動し、その気になれば天井をぶち破れるような、そんな女性が俺の理想だ。
 25歳になっても未だに彼女ができないのは決して俺がモテないからではない。むしろ、そこらの男よりも好意を向けてもらったほうだと思う。でもその女性が普通の身長である時点で、俺は興味を持てなかった。180cmだって、俺にとっては低身長だ。

 そんな女がいるわけない。そんなこと、俺が一番わかっている。ずっと求めて世界を旅し、未だに出会えていないのだから。でも、だから何なんだ。自分の性癖に会う女性がいないから諦めろというのか。そんなくだらない人生に俺は生きる価値を見いだせない、こっちから願い下げだ、死んでやる。そんな女がいないとわかったら、自分の意志でやめてやる。
 でも、まだわからない。いるかわからない、周りの人誰しもがいないと言ったところで、それが真実なのかはわからない。そもそも真実ってなんだ、万民に理解されるほど客観的なものなのか? 実際問題、最先端科学の理解だけでも10年くらいかかるじゃないか。そんなものよりも、俺がいると思えばそうなってしまう、もっと脆くて自由なもののほうが、俺個人のレベルならずっと確からしいし、そっちの方が俺には大事だ。
 もう少しだけ、俺は、理想の女性を探していたい――

――ピー、ピー、ピー

******

 ――ピンポーン
 ドアホンに搭載されたカメラを覗くと、懐かしい人がこちらを覗いていた。従姉妹の、藤井愛(まな)さん、27歳。確かに3年前に結婚して、外国かどこかに行っていたはずだ。
「愛さん、久しぶり! 急にどうしたんです?」
「・・・・・・」
 ドアを開けた途端に、愛さんはワッと泣きだして俺の胸に倒れこんできた。驚くよりも前に、俺はドキリと胸がときめくのを感じた・・・・・・愛さんは、俺の初恋の人だった――

 愛さんを一言で言い表すのなら、容姿端麗・才色兼備・天真爛漫、非の打ち所のない、人柄と才能、そして魅力。愛さんはいつでも自信にあふれていて、楽しそうだった。小学生の時から俺は愛さんのことが好きだったが、愛さんの周りにはいつも人で賑わっていたいた。
 好意を抱きながらも俺は彼女にそれを伝えることはなく、気がついた時には愛さんは結婚していた。俺のもとに愛さんの結婚式の招待状が届いた時の悲しみは今でも覚えている。

 そんな愛さんが、旦那の浮気をきっかけに裁判もせずにそいつと縁を切り、何も持たずに日本に帰ってきて、唯一の知人である俺のところに走りこんできたというのはなんと不思議なことだろう。
 話を聞いてみれば、愛さんの両親はすでに離婚しており、俺の両親とも縁が切れているらしい。外国暮らしが長かったために、かつての友人とも連絡がつかないという。あんなに友人に囲まれていた愛さんがこんな結末を辿るなんて、なんと皮肉なことだろう。

 そんな愛さんが唯一頼れるのが俺なのだ。俺は、愛さんと一緒に暮らすことに决めた。
「愛さん、どうぞここで暮らしてください」
「え、でも・・・・・・ユウくんに迷惑かけるのは」
「迷惑なんかじゃありません! 俺は仕事はデイトレードで時間は自由ですし、金も十分にあります」
 人が変わったように神経質になった愛さんを、俺は必死に説得した。好きな人が不幸になる姿を見たくはない。俺は純粋な慈悲心から、愛さんを説得した。

「そ、そんなに言ってくれるなら・・・・・・ユウくん、ありがとう」
 そう言って愛さんは、俺の右手をぎゅっと握りしめた。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・ありがとう」
 俺は愛さんの手を握り返した。・・・・・・心の叫びに耳を塞ぎながら、俺はそうした。



 中学生くらいの頃、俺が自分の性癖を自覚した頃。俺は毎日空に向かって祈りを捧げていた。
「愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように!」
 思春期の精力を振り絞って、透明な汗と白い汗が水たまりを作って気絶するまで、俺は毎夜毎夜、時には朝昼でも祈りを捧げていた。
 今、俺の目の前には愛さんがいる。身長160cmの平均身長、下から3番目の微妙な大きさの膨らみを備えた、普通の女性だ。
「ごちそうさま」
 俺は朝食を食べ終えて、自分の部屋に戻って仕事を開始する。愛さんと同居してから1ヶ月が過ぎようとしていた。今では愛さんは家政婦として、俺の身の回りの世話をしてくれている。愛さんは、俺の好きな人だった・・・・・・最近までは。
 俺には性癖がある、最低でも身長が300cmないと恋愛対象にならないというものだ。そして愛さんは、そういう人ではない。同居した初めの頃は毎日胸が踊っていたが、日に日に彼女に飽きていった。愛さんに迫られて行為をしようとしたこともあったが、勃たなかった。

 いつもこうだ、人肌恋しくなって女性と付き合っても、1ヶ月くらいで別れてしまう。理由は、普通の人だから。俺を満足させてくれる女性なんてこの世界にいないんじゃないかという気がしてくる。実際、小学生の時から好きだった人にさえ、こんなふうになってしまったのだから。
 その日の夜、俺は月に向かって祈った。中学生の時にやったのと同じ祈りだ。
「愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように!」
 全身汗だくになっても、まだ祈り続けた。この願いが叶うのなら、俺は地獄に落ちてもいい。そんな思いで、俺は夜通し祈り続けた。何年やっても結果が出たことはない、だからどうした。それで意味がないと決め付けるのか。100回叩けば壊れるドアを、99回目で諦めているかもしれないじゃないか。俺は挑戦する、何度でも挑戦する。俺が、俺であるためにも――



 最初は些細な変化だった。いつもは見下ろす愛さんの目が、その日は真正面にあった。
「愛さん、背、伸びましたか?」
 そう尋ねると、愛さんはニコッと笑った。
「そうみたい! なんか、ユウくんと並んでるね!」
 愛さんは頭の上に手のひらを乗せて、俺の方にスライドさせる。ちょうど俺の頭上を、愛さんの手が通過する。
「スタイルも良くなって、最高!」
 愛さんは右手を腰に当て、右足に体重をかける、いわゆるモデルポーズを決める。スラリとした愛さんに、俺は目を奪われた。
「・・・・・・きれいです」
 本心からの感想だ。
「ふふ、嬉し」
 愛さんはそう言って、俺の頭をポンポンと軽く叩いた。

 愛さんの変化はそれで終わりではなかった。170cmになった愛さんは、気がつけば180cmになって俺を見下ろしていた。180cmの女は、180cmの男よりもデカイとはよく言われるが、それは本当だ。例え用のない微妙な威圧感を、俺は愛さんから感じ、同時に少しだけ興奮した。
 180cmになった愛さんは俺を下目遣いで見下ろした。頭を撫でて、優越感に浸っているようだった。
「ユウくん、ちいさいねー」
 愛さんに弄ばれながら、俺は幸せを噛み締めていた。願いが叶った、そう思った。
 ここで巨大化が止まるのではないかという不安はもちろんあったし、それのせいで夜に眠れず仕事に支障を来す時もあった。しかし、そんな心配は結局のところすべて杞憂に終わった。

 成長は止まらず、190cmを超えた頃から愛さんは外に出ることを控えだした。買い物はすべて通販で済ませ、1ヶ月に一度の美容院くらいしか外に出なくなった。
 一度、無理を言って一緒にスーパーに行ったことがあったが、190cmを超えた愛さんは歩いているだけで注目を浴び、稀にカメラのシャッター音も聞こえてきた。背が高いというだけでこんな目に合うのかと、俺は仰天したものだ。しかし、だからといって成長が止まるわけではない。愛さんはやがて200cmの大台を超えた。俺は日々気絶しそうな思いだった。300cmないと女じゃないと豪語していたがそれはあくまで比喩にほかならない。ようはデカけりゃ何センチでもいいんだ。そして、200cmの愛さんは、俺が想像する300cmなみにデカかった。

 俺の性癖については愛さんはすでに知っているし、むしろ喜んでくれている。親友に暴露しても哀れみに満ちた笑顔で「頑張れ」としか言われなかったが、愛さんはこんな俺を認めてくれるし、愛さん自身、おそらく地球上で最も俺の理想に近い女性だ!
 愛さんの成長は日に日に加速していった。200cmが210cmに、そのうち測るのも面倒くさくなるくらい、巨大化していった。愛さんが家に来て早半年、愛さんは270cmに達して室内を中腰で移動するようになっていた。

 ずっと探し求めていた、俺の理想の女性だ。その時息子は暴走し、俺は理性を失い愛さんを襲った。俺に襲われたくらいで好き勝手されるほど、愛さんは弱っちい人じゃない。だから俺は襲った。
「愛さん!」
 FかGかHか、具体的なサイズは知らないが、縦の成長と共に巨大化した彼女の豊満なふくらみに向かって俺はダイブした。
「あら、ユウくん、珍しい。今日はどうしたの?」
 愛さんはそれを待っていたかのように、優しく俺を抱擁してくれた。270cmという俺よりも1メートル大きい巨体に包まれながら、俺は腰を震わせた。股間が湿っていくのを感じた。

 その日、俺らは晴れて夫婦になった。
 
***

 愛が巨体をうねらせながら産んだ我が娘は身長50cm、体重3000gの標準体型。鳶が鷹を生むというが、まさかの逆のことが起きるなんてと、出産当時はがっかりしたものだ。
 名前は有栖(ありす)にした。名付け親は、もちろん俺だ。とにかく大きくなってほしい、家をぶち破るほどに。という願いを込めた。

 有栖の成長は、はっきり言って異常なものだった。生後数日のうちに寝返りをうった。やがてハイハイし、気がつけば歩けるようになっていた。数週間で言葉を操り、半年も経つ頃には小学生と変わらないほどに大きく育っていた。しかし、中身は普通の赤ん坊でやたらと活発だ。俺は有栖をあやすたびに、ジムでハードトレーニングを受けたような疲労でぶっ倒れた。
 1歳の誕生日を迎えた時にはもう171cmとなり俺の身長を超えてしまった。前途有望な我が娘に俺は興奮を隠せず、愛との行為でそれを抑えようと努力したものの、限界は目に見えていた。
 2歳で200cm、2歳半で250cmとなり、まだ幼稚園にも入れない頃から有栖はそこらの成人女性なんぞは足元にも及ばないような美女へと成長した。誰も、有栖が2歳児とは信じなかった。肉体の成長だけでなく知識の吸収率も早く、インターネットから得た知識を砂が水を吸う如く吸収していった。・・・・・・その中には当然、有栖の年齢に不適切な情報も含まれていた。
 有栖は俺の仕事にも、知らず知らずのうちに手を出すようになった。いつの間にか有栖は大企業の大半の株を手にし、海外の有力企業も合わせて世界有数の影響力を持つようになっていた。年収は有栖の収入だけで1000億を超え、俺はこの予想外の不労所得にしばらく実感が沸かなかった。
 3歳になる頃には、有栖は愛の身長を超えて300cmを突破していた。俺の理性は、有栖が実の娘であるということに対してもリミッターを掛けることはできなかった。愛はもう270cmで止まってしまったようだが、有栖は愛の身長を超えてもなお成長期真っ只中にある。
 ・・・・・・これでどうして我慢ができるだろうか。一昔前までは愛のことを理想の女性とたたえていたが、有栖と比較すれば月とスッポン。俺はスッポンに手を出した。好奇心旺盛の天才少女は、俺の汚れた欲望に対して純白のレースを広げて快く応じてくれた。



 ――バタン
 有栖とのハードトレーニング中、後ろで何かが倒れる音がした。俺はゆっくりと棒を有栖から取り返し、後ろを振り返る。・・・・・・愛がへたりと座り込んで、こちらを凝視していた。有栖の天才のおかげで我が家が世界有数の大富豪となってから、俺らは田舎に広大な土地を購入して巨大な家を建てた。そのおかげで、270cmの愛も普通に屋内で生活することができるようになっていた。
 愛は憎しみに満ちた表情でギリギリと歯ぎしりをさせながらぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「あー、これはそのー・・・・・・」
 愛の瞳の奥で、炎がパチパチと勢いを増していくのが見て取れた。やばい、殺される。俺はそう直感した。
「・・・・・・勇太さんまで」
 俺の名前を口にしながら、愛は立ち上がってその巨体を俺に見せつける。
「・・・・・・勇太さんも、私の幸せを壊すのね!」
 愛は叫びながら、俺めがけて突進する。敵の狙うサッカーボールを我先に蹴ろうとする、そんな覇気が感じられた。あ、終わった。俺は全身の力が抜けていくのを感じた。
「もーママったら、喧嘩は良くないよー」
 俺の背後でムクリと巨大な影が起き上がったかと思うと、その影は愛をひょいと、まるで愛が俺を持ち上げるように、持ち上げた。
 有栖が俺を助けてくれた。俺は命拾いしたと、ほっと胸をなでおろした。
「離しなさい! 勇太さんを殺して、私も死ぬの! 有栖、いい子だから、離して!」
「もー、ママはあわてんぼうだなあ」
 そう言いながら有栖は服を脱いで巨大なボールを愛に魅せつけると、暴れる愛の口に哺乳瓶を無理やり突っ込む。
「ほらほらー。おっぱい飲んで、お寝んねしましょうねー」
 愛は次第に無抵抗になっていき、ついには目をつむってミルクを味わい始めた。腹が膨れたのか、愛はミルクを飲むのをやめ、口を離して有栖を見上げた。
「・・・・・・ママー」
「よちよーち、まなちゃんは、いい子でちゅねー」
 有栖は愛を、かつて愛が有栖にしたのと同じように扱った。腹一杯になって満足した愛の背中を目を細めながら撫で始めた。愛はスヤスヤと、気持ちよさそうに眠りについた。
 俺はそんな『母娘』を、ただただ呆然と見上げていた。



 有栖の成長はとどまることを知らず、1500cmにまで巨大化していた。170cmしかない俺との不平等なプロレスに有栖が満足するはずないし、俺のイライラも貯まる一方だった。
 プロレスは気がつけば家族サービスに変わっていた。初めは有栖が俺を子供扱いするだけだったが、日に日にエスカレートしていき、ある日俺は、自分の顔と同じくらい巨大な有栖のダークピンクの軟体動物を舌を使って優しく撫でまわした。
 刺激を受けた軟体動物は液体を噴出し、俺はそれで顔を濡らしながらもミルクを飲んだ。優しい味がした。溢れ出る愛情で全ての罪を流してしまうような、そんな味だった。
「・・・・・・うわあ!」
 夢心地で粉ミルクを飲んでいる最中、それは突如として起こった。俺の体は身長1000cmにまで巨大化し、デスクワークで貧相だった肉体は筋肉を纏った逞しいものと変貌したのだ。
「こ、これは・・・・・・」
「あ、ユウくんおっきくなったねー」
 巨大化してもなお俺より1.5倍巨大な有栖に頭を撫でられ、俺の股間が生理反応を引き起こす。強靭なゴム製のスポンジは布を引き裂いてもなお巨大化し、ドクンドクンと波を伴いながら硬化したダイラタンシー流体は俺の身の丈半分ほどにまで成長し、山の頂上は俺の目の前にまで上昇していた。
「え、ユウくん・・・・・・す、すごいね」
「ああ、俺もびっくりしたよ」
 俺はたった今身に付けた自慢の筋肉で有栖の腰をガッチリと掴み、熱気を放ち、自分の生み出した高温で熱変性したタンパク質を穴に挿入してそれをこじ開けた――

***

 こんな生活を始めて数週間、有栖は500mに、俺は300mにまで巨大化していた。俺らにとってはすでに小さい、巨大だった我が家を建築する際に街を5つほど大人買いしたわけだが、残された廃墟や廃ビルも俺と有栖が愛情を確認するたびに粉砕されて平地となっていく。
 巨大化は日々加速し、さらに数週間もすれば有栖は10km、俺は5kmになっていた。一昔前まで巨人のように俺の前にデンと横たわっていた270cmの愛は、今の俺からしてみれば2000分の1という、ゴマ粒以下の存在でしかなくなっていた。

「・・・・・・てる? ・・・・・・いて」
 愛の声が聞こえた気がした。地面にそれらしき砂粒があった。俺は耳を地面スレスレまで近づけて、愛の声を聞こうと努力した。
「勇太さん! 聞こえていますか?」
「ああ、聞こえてるよ」
「勇太さん、こんなに大きくなって・・・・・・」
「すまない、愛。しかし、キミは昔に戻ったわけか?」
「ええ、そうよ。有栖の効果が切れたみたいで」
「そうか。そんなキミと話すのは久しく、新鮮な気持ちだよ」
「勇太さん・・・・・・ねえ、ちょっとお願いがあるのだけれど・・・・・・聞いてもらえますか?」
 俺は小さく、首を縦に振った。
「・・・・・・勇太さんの・・・・・・の上で、・・・・・・したいの」

 愛の願いを聞き終えると、俺は何も言わずに愛を慎重につまみあげ、井戸のの縁に腰掛けさせた。愛は初めはその悪臭に鼻を摘んでいたが、臭いに慣れたのか、指を小さな穴の中に突っ込み、小さな振動を徐々に大きくしていき摩擦熱を。俺はそんな彼女の姿をじっと見ていた。一歩踏み出せば奈落の底、井戸の縁という危険領域でそんなことに勢を上げている彼女を、俺はただじっと見ていた。
「あ、ユウくんたち楽しそう!」
 有栖が不意に近づいてきて、俺は小さく驚く。・・・・・・もう手遅れだった。長さ2500mある井戸の縁に腰掛けていた愛が、奈落の底に落ちてしまった。俺は神経を集中させて、愛が底へと下っていく様子を感じていた。

「ママすごーい! あ、良いこと考えた!」
 有栖が目を閉じると、有栖の体は白く発光し、その光は膨張していき、最終的に500kmにまで巨大化して有栖の姿に戻った。
「で、ユウくんにはこれあげる」
 有栖はミルクを俺の上からシャワーのように降らせる。俺が300kmまで巨大化すると、有栖は俺に抱きつき、ダンスを始める。今までで一番、濃密で激しいライブだ。歌い踊るたびに俺らは巨大化し、日本を、世界を、最後には地球を揺さぶりはじめた。
「有栖、出すぞ」
「うん。おいで、ママ!」
 有栖の体内に、災害規模の津波が押し寄せた――――

***

 有栖の体内には生命が宿っているらしい。名前は『愛』、有栖の母だ。一人だけ小さかった愛を不憫に思って、有栖は彼女をもう一度産もうと考えたらしい。
「次は、ママも大きくなれるといいね!」
「ああ、そうだな」
 俺は有栖に、適当に相槌をうった。ライブに夢中で気が付かなかったが、いつの間にか、俺らは銀河も宇宙も超えた存在になってしまっていたようだ。そんなふうになってしまったというのはなんとなくわかるのだが、全く実感がわかない。

『愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように! 愛さんが巨大化しますように!』
 ふっと頭に、こんな声が聞こえてきた。昔、理想の女性が巨大化してくれるよう、天に向かって祈ったっけ。
 天・・・・・・神・・・・・・単語は何でもいいが、何か、超自然的な存在。かつてはそれに向かって必死に祈っていた。やがて、自分自身がそうなるとは、夢にも思うことなく。

「・・・・・・なあ、有栖」
「なあに、ユウくん?」
「・・・・・・俺、お前が生まれる前に、お前に会わなかったか?」
「ん? 何言ってるの?」
 それだけ言って、有栖は大きくなったお腹を優しくさすった。そのお腹では、愛という名前の胎児が日々たくましく成長している。
「お母さんよ! お母さんよ!」
 有栖は少し激しく、自分のお腹をさすった。俺も、それを真似した。
「お父さんだぞ! お父さんだぞ!」
「ちょっと! あまり激しくしないで」
「ああ、悪い」
 有栖に怒られたせいかは知らないが、ピーピーピーという耳鳴りがした。同時に、懐かしい声があたりに響き渡った。お父さん、お母さん、友人、先生・・・・・・愛さん。かつてお世話になった人々が、俺に向かって話しかけてきた。
 涙腺がじわりと湿るのを感じた。

「ああ、懐かしいなあ。みんな、どこにいるんだろう」
 俺は自分に向かって、ぼそりと呟いた。
「みんな? そんなの、私達が産んでいけばいいじゃない!」
 有栖はそう言った後、俺の方を見てにこりと笑った。
「新しい世界を作ればいいじゃない!」
 有栖の笑顔は、俺が内心抱いていた不安を全て洗い流した。ああ、これでいいんだ。難しいことなんて、他人のことなんて考えなくても、俺が良いと思えればそれで十分だ。俺は小さく笑ってから、有栖に向かって、愛しの娘でありかつ俺の嫁に向かってゆっくりと頷いた。
 無数の人影が俺に話しかけてきた。さっきと同じ、今までお世話になった人たちだ。皆を見ても、俺はもう泣くことはない。今度は満面の笑顔で答えてみせよう。悔いなんてない、これでいいんだ。
「みんな、ありがとう。俺は今、とても幸せです――――」
 体がぶるぶると震えるのを感じた。存在自体が霧散して、自由になっていくを感じた――

――――ピーピーピーピー。
――――
――――
-FIN