巨人一家

 170cmあればデカ女、180cmあれば巨人。それなら、190cmある女は・・・・・・

「バケモンだろ!」
 ふっと、高校時代の嫌な記憶を呼び覚ましてしまった。ある日、男子が教室で大声で話していたらしく、そんな台詞が聞こえてきた。その後の話を聞いてみれば、女子のかわいい身長について話しているらしかった。・・・・・・それからのことは、もう思い出したくない。
 今まで自分よりも背の高い女性に会ったことはない。小学校を卒業するときに180cm、中学校を卒業するときに190cmを突破した。高校卒業時には192cmだった。もうずっと測っていないけれど、もしかしたら今測ると195cmくらいあるかもしれない。それが怖くて、もう何年も測っていない。日本一のデカ女とかよく言われるけれど、上には上がいると、私は未だ信じている。
 なんで私がこんな目にあうんだろう。何度目かわからない悲観を、電車の中で目を瞑ってうつむいてしていた。女が電車をくぐって乗り降りする様子は珍しいようで、未だに電車に乗るたびに誰かしらにびっくりされる。ひどい人だと盗撮する。そのたびに、私の心はチクリと痛む。
 ――――フッと、私の隣に誰かが来るのを感じた。微妙な空気の動きが私の顔を撫でた。珍しいことだ、190cmと肩を並べる人なんて男性でもめったにいない。私は目を開いて隣をチラッと見る。
 ・・・・・・信じられなかった。ブレザー姿の綺麗な女子高生。足元を見ると普通のローファー。もう一度顔を見ると、私より若干高い位置に彼女の目がある。
「あ、あのー」
「はい?」
「身長高いですね」
 私ははっとした。背の高い女性に身長を聞くのは禁句だ。私も人に聞かれるたびに嫌な気持ちになるのに、やってしまったと思った。しかし彼女はニコリと微笑んで、頷いた。
「はい。お姉さんも高いですよね」
「はい。自分より高い女性に会うの始めてなので、少し驚いています」
 それから私達はすぐに仲良くなった。服の悩みから始まり、高身長の人でないと理解されないようなことについて悩みを思う存分打ち明けた。そして、成長記録の話に移った。
「中1で172cmだったんです。小学生までは身長がコンプレックスだったんですけど、中学生になってからジュニアモデルを知って目指すようになりました。そして180cmになろうと頑張って、中3で180cmになれたんですけど、さらに伸びちゃって、今では196cmです。ちょっと、伸び過ぎちゃいました」
 彼女は少し悲しげに微笑む。この子には私以上の苦しみがあるのだろうと思うと、心が痛くなる。私は彼女のおかげで2番になれたけれど、彼女は依然として1番なのだから。
「そうですか・・・・・・あの、すごく失礼なことを聞きますが・・・・・・自分より背の高い女の子て、いると思いますか?」
「え? はい。てか、普通にいますよ」
「え?」
 予想外の返答に、硬直するわたし。
「妹が私より大きいんです」
 それを聞いて驚愕した。まさか、この子よりも大きい子が、しかも年下でいるなんてと、私は自分の耳を疑った――

 私は今、少女と一緒に、少女に家に向かって歩いている。190cm超の女子2人が並んで歩くさまは相当迫力があるようで、道行く人は誰もが、私達を凝視してきた。
「急で、大丈夫ですか?」
「たぶん大丈夫だと思います。ここです」
 少女が指差す先には、普通の一軒家。その隣には、一回り大きい家が建っている。少女よりも背の高い妹、目の前にしたら、どんな気持ちになるんだろう。
「入ってください」
「お邪魔します」
 私達が入るとすぐ、奥からトントンと足音が聞こえてきた。
「お姉ちゃんおかえりー」
「ただいま。こちら、電車で知り合ったお姉さん」
 ドアが開き、くぐるようにして妹がその姿を現す。肩よりも背の低い姉が、妹を見上げていた。
「ねえ、大きいでしょ」
「んー? あー、身長のこと? 230cmあります!」
 妹は誇らしげに胸をはり、嬉しそうに天井を指先で叩いた。背伸びすれば頭をぶつけてしまいそうな、そんなギリギリの大きさ。
「す、すごいです・・・・・・何歳ですか?」
「中3です!」
「まだ、伸びてるんですか?」
「そろそろ止まると思いますけど、まだ伸びてます!」
「一昨年は182cmで私とあまり変わらなかったんです。でも、それからグングン伸びていって」
「お姉ちゃんがどんどん小さくなるよー」
「私も一応伸びてるんだけどね」
 妹は姉の頭をぽんぽんと叩いている。頭一つ分という理想的なカップルのような身長差に、私は目を丸くする。
「すごいですねー、日本一なんじゃないかな?」
「いえいえ、まだ大きい子いますよ」
「え?」
 予想外の返答、今日で2回目。
「隣の家の子が、妹より大きいんですよ」
「せっかくなんで、連れてきますね!」
 そう言いながら、妹は玄関の方に向かい、私達はその場に残った。元気があふれる妹がいなくなって、急に静かになった。
「すごいですね、妹さん。元気で」
「はい、元気いっぱいです」
「本当はコンプレックスとかあったり・・・・・・」
「うーん、多分ないです。むしろ、もっと大きくなりたいって、言ってます」
 姉はそう言って、苦笑いを浮かべる。私はただ、適当な相槌をうつことしかできなかった――

 少しして妹は、彼女自身よりも少し背の高い女の子を連れてきた。
「この子が私の友達です」
「はじめまして」
 友達は少し屈んで、小さな私に目線を合わせて、お辞儀する。この部屋には、私と肩を並べるのは、お姉さんしかいない。
「す、すごい。妹さんよりも高いです。まだ成長期ですか?」
「はい! どっちが大きくなれるかって、競争してます!」
「今は負けちゃってるけど、絶対抜かすから!」
「じゃあ、うちはもっと大きくなるから!」
 無邪気な争いが、わたしの上空でなされている。2人の視界には、私達2人のことなんて入っていない。小学生がお母さん見上げるような、そんな感じがした。
「そしてこの子が友達の妹の・・・・・・」
「うー、この家小さいから嫌い」
 天井で頭をこすりながら中腰になって、また新しい女の子が姿を現す。友達よりもさらに頭半分大きい。私の肩より少し上に、彼女の肘がある。めまいがした。
「初めまして、251cmあります。中1です。末っ子ですけど、家族で一番大きいです!」
少女は胸を張ってそう言った。私はその数字を聞いて、めまいがした
「&&ちゃんにはかなわないかなー」
「えへ、##ちゃんが、どんどん小さくなるなー」
 目の前が白くぼやけてきた。少女たちの声も、だんだんと遠ざかっていった――

 気がついた時には電車に乗っていた。夢のような時間だったけれど、紛れもない現実だ。今からあそこに向かえば、そこには2つの巨人一家があるのだろう。
「うわ、でかっ」
「日本一じゃね?」
 何度聞かされたかわからない罵倒を再び聞く。しかし、なんとも思わない自分がいる。上には上がいることを心の底から痛感した私は、そんな悪口に対してなんとも思わない強さを手に入れてしまったらしい。
 私よりも大きいあの子たちは、今後多くの苦悩を抱えると思う。でも、きっと乗り越えていけると思う。悩みを共有できる仲間を持った彼女たちを、たった190cmという小さい体ながらも、少し、羨ましく思う自分がいる。
-FIN