大きな向日葵が咲いた町

<大きな向日葵が咲いた町>
「ヒー!、ヒー!」
「奥さん、頑張ってください」
「あ、ああー! ヒー! ヒー!」
「もうちょっとですから」
「あ、ああ、あああー!」

 ・・・・・・喉元過ぎれば暑さを忘れる。120cmという低身長を抱えた母親の凄まじい出産劇も、それを終えた今となっては大切な思い出となっていた。
 パタパタと小走りで廊下をかけて病室のドアを優しくノック。
「生まれたのか?」
「ああ、あなた・・・・・・」
 だいぶ遅れてやってきた旦那が、妻の指差すベッドを覗きこむ。
「ああ、かわいい・・・・・・」
「ふふ、あなたにそっくり」
「お前にもそっくりだよ」
「うんだって、私達の子だもん」
 120cmと180cmの両親から生まれた3000gの少女。ベッドの上で仰向けでスヤスヤと寝ていた。
「・・・・・・名前は、もう決めたのか?」
「うん、『葵』。向日葵の、最後の漢字で、あおい」
「あおい・・・・・・いい名前だ」
「私ね、向日葵が好きなの。夏ににょきにょき伸びて、青い空に届きそうなくらい大きくなって・・・・・・この子には、私みたいな苦労はしてほしくない。だから、葵。青い空に届くくらい、大きくなってほしいの」
「うん、うん。きっと大きくなるよ」
「うん。大きく、なってね――」



「ママー!」
 そう叫びながら母に抱きつく少女。抱きつく相手は・・・・・・同じ背丈の少女。
「ママー、はやくいこー!」
「はいはい、行きましょうねー」
 おめかしをした親子が家から出て行く。今日は娘の入学式、新品のランドセルを背負い、レンタルスーツに身を包んだ娘。正装を着た両親。
「忘れ物はない? ハンカチティッシュ、ちゃんとポケットに持った?」
「うん! 持ったよ」
「そう。じゃあ、行きましょう」
 娘の頭を撫でてから、母娘で手をつないで出発。120cmの母と、120cmの娘。スーツの似合う高身長の父に対して、スーツを着たことでより娘にそっくりになった母。端から見たら、まるで双子の娘を送る父のようであった。
 小学校に到着し、葵は幼稚園時代の同級生に出会い、小学校での再開を喜んだ。
「葵ちゃんおはよー!」
「茜ちゃんおはよー!」
 手を取って喜び合う幼女たち。120cmの葵は小学1年生にしてはやや高く、対して茜はやや低い110cmだった。そして入り口の前で入学名簿を確認し、葵と茜は同じクラスであることに歓喜した。
「やったー、同じクラスだね―」
「また葵ちゃんと一緒だ―」
 ぴょんぴょんと跳ねまわる2人の娘。母は目を細めてそんな2人を見ていた。
「じゃあ葵、またね」
「うん、またねー」
「ちょっとちょっと、君はこっちだよ!」
 近くで新入生たちを見ていた男性教諭が母に一言。母はにこりと微笑んで、パスケースから保険証を取り出した。
「保護者です! 今年で27ですが」
 胸を張って応える120cmの母。身長120cm、B55/W40/H55、体重21㎏という完全幼児体型な母の手に握られている保護者証。教諭はぽかんとしてから、腰をこれでもかと低くしてペコペコと謝った。そんな教諭を母は広い心で許してみせるのだった。



 子供の成長は早い、特に女の子の成長は。両親の願ったとおり、葵はすくすくと成長していった、毎月のように服を買い換え、毎日たくさんのご飯を食べて、毎日よく寝て、健やかに育った。
 窓から光が差し込む朝、母は台の上に乗ってキッチンで炊事をしている。
「おはよー」
 少女の声とともに暗くなる家の中、同時に外から家の中を覗きこむ大きな顔に向かって母は微笑む。
「おはよう、ご飯食べなさい」
「はーい」
 優雅な朝食、しかしその量は普通の20倍、少女はむしゃむしゃと美味しそうに母の手料理を食べていく。
 葵は大きすぎるために家には入れない。庭の物置小屋を自室にし、食事の時は窓から手を入れて、机の上の食事を取るのだ。
「昨日言ったことだけど、どう思う?」
 ふと少女は食事の手を止めて、しばらく考えこむ。昨日、母は葵に転校のことを尋ねた。葵にとって今の小学校はあまりに小さく、窮屈である。某県某村に、葵のように大きすぎる女の子向けの学校があるとの情報を受けて、母は昨日葵に提案したのだ。
「・・・・・・ゆっくりでいいわ。葵が嫌って言うなら、大丈夫だからね」
「・・・・・・うん」
 そして再び手を動かした。小学校に入学した頃は120cmとやや長身な葵だったが、2年生で200cmになり、更に成長して3年生春の時点で300cmに達していた。学校の天井に頭がつかえてしまうため、校内では常日頃から中腰で過ごしている。
「洋服はまだ大丈夫?」
「うん。あ、でも靴がそろそろ小さいかも」
「なら、早めに作っておきましょう。次は60cmでいい?」
「うん、今が50cmだから、たぶんそれくらい」
 6月、春の測定で300cmだった少女は2か月で20cm背を伸ばして320cmに成長していた。少女の成長は加速することはあっても止まる兆しは見られない。それは縦の成長もそうだが、胸部の成長も同様である。
「ならついでに洋服も作っておきましょう」
「ほんとう?」
「うん、一緒に作っちゃいましょう」
 葵は目を輝かせた。服は全て特注で、着られるものは限られている。同級生の子は皆ショッピングでおしゃれを楽しんでいるものだが、彼女にはそんな選択肢がない。
「ねえねえ。いつ採寸にいくの?」
「そうねえ、今日学校終わったら、行きましょう」
「うん! あー、楽しみ―」
 母は娘に柔らかく微笑む。年頃の彼女にとって、数ヶ月に1度の服の注文が唯一のおしゃれであり、楽しみでもあった。
 葵は胸を弾ませて食事を終え、フンフンと鼻息を歌いながら服を着替え、小さなバッグに小さな教科書を入れて片手でそれを持った。常に少女の頭には放課後の採寸のことばかりがあった。
「行ってきまーす!」
 少女はバッグを片手に、スキップをしながら学校に向かう。少女が出て行ったのを見計らって母は外に出て、少女が過ごしている大きな倉庫の掃除を始めた。
「ん?」
 洗濯をするために少女の脱いだ服を拾う。しかしそこにあるのは、葵が持っていくはずの大きな体操着。母は首をかしげたが、特に気にすることなく、大きな洋服を両手いっぱいに抱えて部屋を後にした。葵の天然は母親譲りであった。

 スキップしながら通学路を歩く320cmの少女。背丈と同様に成長した豊満な胸をゆさゆさと揺らしながら学校へと向かう。
「おはよー」
 クラスメートを見かけて、後ろからいつも以上の上機嫌で声をかける少女。彼女の明るい声色に思わず笑顔になる。
「おはよー」
「今日の放課後ね、洋服作りに行くんだ―!」
「わー、いいなー」
 体操着の入った袋を振り回しながら、無邪気に喜ぶ葵。頭上でブンブンと振り回される袋を友人は眺めていた。2倍以上の身長差がありながら、葵は他の子に危害を加えてしまったことはない。周りによく気を配れる葵の性格が、葵を優しい頼れる巨人としていた。
「おはようございます!」
「うん、おはよう」
 校門を通過し、児童で溢れた葵の周囲。
「おはようございます!」
「あ、葵ちゃんだー、おはよー」
「おはようございます!」
「・・・・・・」
「おはようございます!」
「プっ、巨人に話しかけられたわー」
 いつものごとく、誰これ構わず律儀に朝の挨拶を交わす葵。無視されようと、くすくすと笑われようと、葵は気にしなかった。人がいるから挨拶をする、葵はいつでもそんな風に行動していた。
 学校の天井は300cmであり、実際には蛍光灯や報知器などのせいでもっと低くなる。320cmの葵はいつも中腰で校内を歩く。腰は辛くても、それ以上の楽しみがこの学校にはあった。

「体育だー!」
 笑顔で叫びながら、袋を振ってどさどさと体操着一式を取り出す葵。体格差のためめったに体育には参加できない葵だが、今日は違う。今日の体育はやり投げだ。チームで行う授業は他の児童に怪我をさせてしまう恐れがあるため、常に見学だった。しかしやり投げにはそんな心配はない。
 机の上に積まれた布の塊をつかみ、葵は体操着に着替える。妙な感じを覚えながらも、気にせず着替え続けた。
「じゃ、先に行ってるね!」
「ちょ、ちょっと葵ちゃん! どうしたのそれ!」
 友人に止められて、葵はその場で立ち尽くす。体のラインが強調され、ヘソがちらちらと見えてしまう葵のあまりに扇情的な格好は、同学年同性の子であっても思わず目を背けたくなる代物であった。
「あれ、なんか小さい。間違えて昔の持ってきちゃった!」
「今日は、見学したら? それはちょっと・・・・・・」
「大丈夫! まだぎりぎりセーフって感じだから!」
 そう言って葵は一足先に校庭へと向かった。

 ――6年生の理科の授業、最高学年の少年少女は校庭に出てトウモロコシの観察をしている。
「こら、しっかり観察しなさい!」
「授業のは終わってまーす」
 授業中に友人とちょっかいを掛け合って遊んでいた男子を注意した教師。そんな教師に反論する生意気な少年。
「それより先生、銅酸化物が超電導になるのってなんでなんですかー?」
「今は植物の授業です。授業に集中しなさい。終わったように見えても、まだやることは残っているでしょう」
「あー、先生知らないんだー。ペロブスカイト構造が2次元的な電子伝導を可能にするからって知らないんですか? 先生、どこの大学出たんですか?」
 児童を一瞬にらみつけ、教師は別の児童を見る。少年は教師のことを友人と一緒になってクスクスと笑いだした。知識もあり、賢い。しかしその賢さを人の神経を逆なでさせることにしか使えない、不幸な少年であった。
「ぐはっ!」
 突如どこからか飛んできたゴム製のやりが、少年の頭に直撃する。
「大丈夫か?」
 教師は先ほど挑発してきた児童にすぐさま駆け寄り、状況を確認する。やり投げ用のやりが直撃したことを確認した。それから、児童の安否を確認する。
「大丈夫か?」
「い、いたたた・・・・・・」
 意識があることを確認し、教師は安堵した。そして、やりがどこから降ってきたかの確認を始める。
「す、すみませーん! やり、飛んできませんでしたか?」
 巨大な少女が影を作り、教師と児童らを見下ろした。倒れる少年を見て、葵は顔を青くした。
「ご、ごめんなさい! 変な方向に投げてしまって。け、け、けがは?」
「意識はあるから、おそらく軽い脳震盪でしょう。保健室でしばらく休めば、回復すると思います」
「よかったー。私、保健室まで運びます!」
 葵は少年を軽々と抱える。巨大な胸が少年の目の前に迫っていた。その時、児童も先生も、偶然学校の近くを歩いていた人々も葵の格好に目を奪われた。地元では有名人の葵であり、その長身と大きく膨らんだ胸は普段から人目を引くものだったが、小さい衣服に強調されて正体を現したそれが原子爆弾級であることに気がついたのは今日が初めてという人が大半であった。
 そして少年は顔に圧迫感を覚えて目を覚ました。
「あ、大丈夫ですか? すみません、体育でやりなげしてたんですけど、ぶつけてしまって」
 葵はその少年が、毎朝自分を小ばかにしてくる6年生であることには最初から気が付いていた。少年も、今目の前にあるものが、毎日バカにしている巨人少女のものであると気が付いていた。しかし葵は少年を責任もって保健室まで運び、少年はその間顔面の血圧を高めて何度も倒れそうになっていた。



 葵は自分の通っている小学校が好きだった。しかし、それを愛するにはあまりに脆く、学校の器物を破壊してしまうこともしばしばあった。そんな葵を友人教師は広い心で許してやったのだが、大事が起きたらと思うと葵は終始心が休まらなかった。
 体はそれからもさらに加速度を付けて成長し、さらに夏休みに爆発的に成長したこともあって、小学3年生秋にして身長400cm、B350/W130/H330、体重777㎏という大変な体に成長していた。特に体重は同級生の20倍もあり、潰されてしまえば命の保証はない。また身長も、人混みはおろか、向日葵畑に入っても葵の方が頭2つ分ほど抜けていた。
「葵、こっちの服着なさい!」
「えー。だってこっちの方が可愛いんだもん」
 といって、小さな洋服を着る葵。手芸を学び自作した自分好みの洋服。しかしそんな思い出深い洋服も葵の成長の前には無意味で、夏休み前まではちょうどよかったそれも今ではお腹は丸見えで下乳も少しはみ出してしまっている。
「みっともないでしょ! 新しいの作ってあげるから、こっち着て」
「本当! じゃあ、そっち着る。新しいの、楽しみだなー」
 母は小さくため息をついた。葵サイズの服ともなると、着丈で160cmもある。洋服自体は注文するとして、問題はそのアレンジ。それを自作するのは120cmの母親にはよってはまるで大漁旗を自作するようなものであったが、それで葵が喜ぶのならと、母は笑顔になった。
「じゃあ、行ってきまーす!」
 ハイハイでドアを潜り抜け、学校に向かう葵。葵専用の物置もすでに小さく、300cmの入口も、今ではハイハイで潜り抜ける。
 葵が出かけた後、母はその小さな体で葵の巨大な洗濯物を一つずつ家まで運ぶのだった。

 葵の頭には、1つの大きな考え事がある。
「転校しようかなー」
 ぼそりと呟く葵の太ももが、ぽんと叩かれる。
「おはよう、葵ちゃん!」
 茜が笑顔で、葵に朝の挨拶をした。さっきのつぶやきは聞こえていなくてよかったと、葵は笑顔を返す。
「おはよう」
 その瞬間、茜は寂しい表情をする。
「ねえ、いま転校って」
「あー、聞かれちゃった」
 葵は隠しても仕方がないと、茜に話した。話し終えた時、茜は悲しそうな表情を浮かべながらも、葵の膝に抱き着いた。
「葵ちゃんがいなくなるのは寂しいけど、そっちの方がいいよ。だって葵ちゃん、いつも腰とか痛そうだから」
 茜がすりすりと膝に頬ずりしながら、しみじみと葵にそう言う。葵はしゃがみ込んで、そんな茜の頭を撫でた。葵の手は茜の頭の2倍ほど長く、指先でぽんぽんと撫でた。
「葵ちゃん。転校しても、手紙書くからね」
「ありがとう。私も返すから」
 そう言いながら葵は茜をやさしく抱きしめて、転校の決心を固めた。

それからは事はすぐに進んだ。転校手続き、引っ越し先の手続き。1か月ほどで準備は終わり、最後、本人がそこに向かうだけとなった。
「葵、行くわよ?」
「うん。あ、ちょっとまってね」
 葵は最後、見送りに来てくれた友達1人1人に抱擁して回る。
「葵ちゃん、手紙書くから返してね。絶対に返してね」
「うん!」
 1番仲の良かった葵とは1番時間をかけて抱き合い、そしてゆっくりと離す。そして葵はトラックに乗り込む。
「ばいばい葵ちゃん!」
「茜ちゃん! また会おうねー!」
 2人は見えなくなるまで手を振り、やがて本当にお互いが見えなくなった。葵は前を向いて、今までのことを思い出す。この土地で生まれて、この土地で育って10年近く。色々なことがあった。楽しいことも辛いことも。それらを全て含めて葵には素敵な思い出だった。
「あら、まだ明るいのに、花火?」
 母が空を見上げてつぶやく。葵もそちらを向いた。いびつな形の花火の中に、何かが書かれているのに葵は気が付いた。
「後、何発ある?」
「次で最後だ!」
「葵ちゃん、見てくれたかな?」
「にしてもお前、どうして葵なんかのために、ここまで。嫌いじゃなかったのか?」
 草むらで少年が会話している。以前、葵の陰口を言っていた6年生たち。彼らも葵の別れを惜しみ、持ち前の知性を生かして花火を打ち上げたのだった。
 葵はそんな花火を見ながら、ぼそりと呟く。立て続けに打ちあがった3つの花火。そこに書かれていたもの。
「アオイ」
「ん? いま、何か言った?」
「ううん、なんでも」
 本当にそう書かれていたのか、それは葵自身にもよくわからない。しかしそのいびつな花火は、葵の心をいくらか温かくしたのだった。



 大きい女の子が集まるという、某県某村の学校。小中高一貫の私立学校、『山村学園』。学費はかかるが家族の衣食住の費用もその中に含まれているため、結果としては安く済むという、大きい女の子を抱える家には嬉しい特典があった。
 そんな学校に小学3年生の10月から編入する葵。葵はまず、学園の用意した家の大きさに驚いた。まず、ドアの大きさが350cmあった。それでも葵はくぐる必要があったが、天井も高さは6mあった。
「おっきーですね」
「まだ、大きい家もあります。成長して小さくなったら、紹介します」
 学園の案内人が葵を見上げて言う。案内人も身長190cmほどある背の高い女性だった。彼女はそれから、胸よりも低い母を見る。
「この辺りに、スーパーはありますか?」
「学園の運営する設備がありますので、ご安心ください」
 その言葉に、母はほっとした。見渡す限り、山、山、山。そんな環境に設けられた巨大な学園。
「あれ」
「どうかした?」
 母が葵を見上げる。
「なんか、私と同じくらいの女の子が」
「この学園では、そこまで珍しいこともありません。もっと大きい子もいますし」
「ほ、本当ですか?」
 葵が目を丸くする。葵にとって、自分よりも大きい人というのは、本の中の巨人くらいにしか出て来ないのだから。
「はい。まあ、それでも数人くらいだと思いますが」
 葵は目を輝かせる。そして数日後の編入の日を楽しみに思った。

 葵は顔をこわばらせて教室の外で待っている。中から先生の声が聞こえる。自分をクラスの子に紹介する様子を聞きながら、胸を高まらせていた。
「葵さん、入ってきて!」
 先生に言われて、350cmのドアを開けてそれを潜り、教室に入る。色々な大きさの子がいると、葵は最初に思った。しかし一番小さい女の子でも、以前の学校の一番大きい子よりもずっと大きかった。
「初めまして、葵です。よろしくお願いします」
 カチカチに固まった葵が、そう挨拶をする。教室に拍手が鳴り響いた。
「よろしくね」
 一番前の女の子が小さく手を振った。葵はそんな少女を見て、小さく微笑み、緊張を溶かす。
「じゃ、葵さんはそこね」
 と指定された席に向かう。隣の子に会釈して、新しい小学校での授業が始まった。

「ねえ、葵ちゃんって身長いくつ?」
 休み時間、葵の席の周りに女の子が集まる。
「えーと、400cmかな?」
「たかーい! 真奈ちゃんと、どっちが高いかなー」と、一番前に座っていた女の子が言う。彼女の名前は亜衣、身長は180cm。世間では高身長女子と言われる高身長の彼女も、このクラスでは一番小さい。
「ねえねえ、背比べしてみようよ」
 真奈、という少女が葵の席に近寄る。葵は「うん」と頷いて、立ち上がった。
「おー、いい勝負じゃん」
 背中合わせで突っ立つ、葵と真奈。
「真奈の方が、ちょっとだけ高いよ!」
「よし!」と小さくガッツポーズを決める真奈。
 数センチだけ、真奈の方が高い。葵はそんな真奈を若干見上げた。
「抜かすから!」最初に葵の口から出たのが、その言葉。
「私も、まだ伸びてるし」対抗する真奈。
「私も、まだ伸びてるのよ」
 2人にかかる大きな影。550cmの少女を2人は見上げた。
「佳奈ちゃんには、叶わないなー」
「山村佳奈です。葵ちゃん、まだ伸びてるんだ。春は何センチ?」
「山村って」
「あー、葵ちゃん気づいちゃった? 佳奈ちゃんのお母さんは、この学校の創設者なの!」
 ふふっと笑う佳奈。葵も真奈も、他の女子児童も、佳奈を大きく見上げる。
「えーと、300cmくらいだった」
「本当? すっごい! もう100cmも伸びたの? 来年には抜かされちゃうかもなー」
 そう言って佳奈は葵を笑顔で見下ろした。
「でも、ここ葵ちゃんの方が大きいよー」と、亜衣は葵の胸をもみ始める。佳奈の表情から笑顔がすっと消える。
「ちょ、ちょっと亜衣ちゃん」
「でも、ほんとおっきーよねー」
 と言いながら揉み続ける亜衣。そんな葵の隣と上からで、真奈と佳奈はまじまじと葵の胸を見つめていた。

 葵はぐんぐんと背を伸ばしていった。月に数十センチのペースで伸びる葵は成長速度だけならクラス1番であり、葵よりも数センチ高かった真奈の身長は1週間ほどでぬかし、佳奈を目指してぐんぐんと背を伸ばしていった。
 4年生になり、葵は550cmになっていた。佳奈は630cmとなっており、あと数か月もすれば抜かせそうだと、葵は思った。
「葵ちゃんすごい伸びたよね」
「うん! もうちょっとで、佳奈ちゃんに追いつく!」
 得意げな表情で、胸を張る葵。巨大な胸をさらに巨大化させ、シャツのしわが引き伸ばされその大きさをいっそう強調した。
「ふふん、それはどうかなー」
「ん? どういうこと?」
 首をかしげる葵。葵以外の少女は皆、にやにやしていた。
「佳奈ちゃんはねー」と亜衣が言ったところで、佳奈が「ちょっと待った」とストップをかける。
「あとの、お楽しみ」
 意地悪そうな笑顔で、佳奈はそう言った。

 夏休みに入る1週間前から、佳奈は学校に来なくなった。
「佳奈ちゃん、どうしちゃったんだろう」
 心配そうにつぶやく葵。そんな葵の背中を、真奈が優しく叩く。
「気にしなくて大丈夫だよ。佳奈ちゃんが1週間くらい休むのって、昔からだから」
「そうなの?」
「うん!」にこりと微笑む真奈。
「でも、今回は夏休み前か―。いいなー、なんかお休み延長って感じで」隣から割り込む亜衣。
 葵はよくわからないまま、適当にみんなと話を合わせていた。
 夏休み、向日葵ならばその1か月で1mほども背を伸ばす。それは葵も同じで、550cmだった葵は夏休み中に100cm背を伸ばして9月には650cmとなっていた。家をより大きいものに引っ越し、服も全てを変えた。佳奈をぬかしたと、葵は得意げに夏休み明けの学校に向かった。
「おはよう!」
 元気いっぱいに、クラスのみんなに向かって挨拶をする葵。みんな背が伸びているが、葵の成長速度は頭一つ抜けていた。
「おはよう、葵ちゃん」
 最初に近づいてきたのは真奈。400cmだった真奈は440cmに成長していた。葵と比べれば小さいが、クラスでは葵の次に背が高い。
「葵ちゃん、身長伸びたね!」
 亜衣が席から立ち上がって、葵に近づいた。180cmとクラスで一番小さい亜衣も、200cmの大台に乗り喜んでいた。
「650cmだよ! 佳奈ちゃんよりも、大きくなれたかな?」
「うーん。まあ、佳奈ちゃんも身長伸びているかもしれないし」
「あ、そうだよね」
 葵はしゅんとした。それでも、夏休みに100cm伸びた自分の成長は誇りに思っていた。
「おっはよー。久しぶりー」
 ドアから、佳奈の声。ハイハイでドアをくぐってから、その場で正座する。
「あ、真奈ちゃんと同じくらいかな?」
 正座したまま、真奈の頭を撫でる佳奈。真奈は目を丸くした。
「佳奈ちゃん、いつものことだけど、すっごい伸びたね!」
「へへ。1週間で100cmくらい伸びて、夏休みでも100cmくらい伸びたからさ」
 と言って、葵をちらと見た。葵も真奈と同様、佳奈の成長に目を見張っていた。そして佳奈はゆっくりと立ち上がる。葵と肩を並べてから、さらにさらにその顔を上昇させていった。
「葵ちゃん、久しぶり」
 850cm、それが佳奈の身長だった。ちなみに、この学校には佳奈ほどの長身の児童にも備えて、天井は用意されていない。雨露は学園独自の技術で処理がなされていた。
「佳奈ちゃん、すっごい!」
 葵は急成長した佳奈を、目をキラキラさせながら見上げる。佳奈は得意げにふふんと笑った。
「葵ちゃんも、大きくなったんじゃない?」
 葵の頭をぽんぽんと叩く佳奈。葵は一瞬赤面してから、佳奈に対する対抗心がメラメラと燃え始める。
「わ、私だって、大きくなるから」
「じゃあ、競争しよう!」
 にこっと微笑む佳奈。一方で葵はそんな余裕な佳奈に闘志を燃やしていた。

 葵と佳奈はぐんぐんと背を伸ばしていった。葵は加速度的に成長し、5年生になるころには900cmになっていた。しかし佳奈に近づくたびに、佳奈の急成長が始まり、葵をぬかしていってしまうのだ。
 6年生、葵は1500cmに、佳奈は1600cmになっていた。葵は今日も、頬を膨らませて佳奈を見上げる。
「どうせまた、佳奈ちゃん成長期に入っちゃうんでしょー」
「はは、葵ちゃんもそのうち、成長期に入るよー」
「そうだよ!」
 下の方から、真奈の声。
「私も2人にはかなわないけど、最近すごい身長伸びてるもん。女子の成長期は6年生っていうじゃん。葵ちゃんも、ぐんぐんって伸びるよ」
「そうだと、いいんだけど」
 葵はうつむいて、ぼそりをつぶやいた。

 ある日、葵は体中のだるさを感じた。起き上がろうにも起き上がれない、しかし熱があるわけでもなく、筋肉痛のような痛さを全身に感じていた。
「あおいー、おきなさーい」
「ママ―。なんか、体が痛い」
 葵のそんな叫びを聞いて、飛んでくる母。自分の身長よりも大きな顔に体温計を当てて熱がないことを確認し、首をかしげる。
「なにか、心当たりはある?」
「ううん、ない」
「そう・・・・・・とりあえず、今日は休みなさい。食欲はある?」
「うん! お腹ペコペコ」
 元気に返事をする葵を見て、母はにこりと微笑んだ。

「葵ちゃん、最近こないねー」
「大丈夫かなー」
「いや、これは成長期だね!」
 亜衣が、そんな推理を披露する。
「佳奈ちゃんみたいなさ」
「でも、うちの場合は1週間くらいで収まるよ。葵ちゃんは、もう2週間以上も」
「おそらく、超成長期なの! そのうち、佳奈ちゃんよりもどーんって大きくなった葵ちゃんがくるよ」
「うーん、それだといいんだけど」
 心配そうに、小さなため息をつく佳奈。亜衣を除く少女たちは、そんな佳奈に合わせてため息をついた。
 ずんずんと、重量感のある足音がする。少女たちに、巨大な影が落ちた。光を遮るものの正体を確認し、口を大きく開けた。
「おはよう!」
 葵の大声量が学校中に響きわたる。
「葵ちゃん、大きすぎるよ!」
 真奈が口でメガホンを作って、葵に向かってそう言った。「いま、何センチあるの?」
「朝測ったら、4000cmだったよ」
 周りの少女よりも、0が1つ多いその高さに、佳奈もぽかんとする。佳奈も春から順調に背を伸ばし、現在は1900cm。さっきまでは断トツで学園1番目だった。なお葵がいない間の2番目は700cmの真奈であり、頭一つどころが上半身が一つ抜けていた。
 しかし今、佳奈よりも2倍以上背の高い少女が学園に登場したのだ。
「なんか成長期みたいで、成長痛がすごくて・・・・・・佳奈ちゃんも、こんな感じだったんだよね」
 しゃがんで佳奈に目線を合わせる佳奈。自分よりも大きい人間に慣れていない佳奈は、思わず1歩後ずさりをする。
「でも、佳奈ちゃんを抜かしちゃって、なんか目標なくなっちゃったなあ」
 かつて佳奈を見上げていたようにする葵。そこに広がる、青い空。そして葵は目を輝かせる。
「そうだ! お空を目指せばいいんだ!」
 葵の決意が学園中を震わせた。



 車に乗って、山奥の閑散としたところへやってきた茜。6年生の夏休み、茜は葵のいるところへとやってきた。2人の中は葵が転校したのちもぼちぼちと続いていた。
「ここかー・・・・・・広い」
 地平線が見えるほどの広大な土地に、ぼちぼちと立つ巨大な建物。もっとも、遠くにいる茜から見たら小さく見えるが、どの建物も、高さは10メートル程度だが広さは1平方㎞はくだらなかった。
 突如、茜のいるところが暗くなる。雲がお日様を隠したのかしらと太陽を見上げると、そこにあるのは・・・・・・少女の巨大なパンツ。
「あ、茜ちゃん! 久しぶりだねー」
 葵の大音声に、茜は思わず耳を塞ぐ。音圧が辺りの芝生を揺らしていった。
「あ、葵ちゃん。なんでそんなに大きく!」
「成長期だから。最近、100mになったんだよー」
 と言いながら、両手でそっと茜を包み、自分の目線の高さまでもっていく葵。その高さに、茜は顔を青くした。葵の指の太さの2倍くらいしかない茜は、葵にとっては茜の筆箱に入っている消しゴムのような大きさである。
「葵ちゃん、すごいねー。私も葵ちゃんくらい、大きくなれたらなー」
「うん、いいでしょー」
 変わり映えしない笑顔を茜に見せる葵。茜はそんな葵を見て、懐かしく、そして嬉しい気持ちになった。
「どうする、このまま観光とかしちゃう?」
「うん! よろしく!」
 葵は地響きをさせつつもゆっくり慎重に村を歩いていく。茜は特等席から、村中を見渡しながら、観光を満喫した。



「よし、100m突破した!」
 今日は卒業式、小学生最後の身長を測り、佳奈は喜んでいた。成長期に入った佳奈はこの1年でぐんぐんと背を伸ばしていき、春は16mだった佳奈はとうとう100mに達していた。
「佳奈ちゃんおめでとう!」
 空からそんな祝福の声が聞こえてくる。見上げる先には、葵の巨大な顔。春は佳奈とたったの1mの差しかなかった2人だが、今は葵の方が圧倒的に大きくなっている。
 5000m、それが葵の身長だった。日本一高い山よりも巨大な葵。山に囲まれた閑散とした地にある山村学園。しかし葵の姿ははるか遠くからでもそれを確認することができる。そんなに巨大な葵であれば、手の長さも600mあり、その広さは人が住めるほどとなっていた。
「葵ちゃん、落とさないでよ」
「大丈夫だよー」
 実際、佳奈は今、葵の手の上に座っていた。佳奈だけではない、クラス全員が葵の手の上にいた。そして、佳奈の手の上には・・・・・・
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。とても景色が良いわ」
 100mの佳奈の上には、葵の家族がいた。120cmの母の声は葵にとっては虫のため息のように小さなものであったが、不思議なことに、葵はそれを聞き取ることができた。
「それにしても、葵ちゃんのママってこんなに小さいんだね」佳奈は無邪気に、そう言う。
「そうねー。私みたいのから葵が生まれてきたなんて、本当に不思議」
 母はしみじみと、そう語る。
「私、12年前はママのお腹の中だったんだよねー」
 5000分の1サイズの母をまじまじと見つめながら、葵は言った。
「そうねー・・・・・・よいしょ!」
 母は、佳奈の手から飛び降りる。ひらひらと飛んでいき、葵の柔らかな手のひらにふわりと包まれて、着地す。
「卒業式くらい、葵の手の上にいたいわ」
 葵に向かって、柔らかく微笑む母。
「あらっ!」
「ママ、大丈夫?」
 尻もちをつく。しかし、けがはない。
「うん、大丈夫よ。ちょっと指紋につまずいただけだから」
 5000分の1サイズともなれば。葵の指紋も母にとっては溝みたいなものである。母はそれに足を取られて転んだが、柔らかい葵の手が母を優しく支えた。
「ふふ。ねえ、私がどうして葵って名前つけたか、知ってる?」
「ううん、知らない。どうしてー?」
 興味深げに、母の話に耳を傾ける葵。
「青い空くらい、大きくなりますようにって」
「空・・・・・・」
 葵は空を見上げた。日本一の大きさになっても、依然として葵の頭上にあり続ける、空。葵はそんな空を見上げながら、顔を明るくしていく。
「ママ、わたし大きくなったら、お空になりたい!」
「ええ、夢があるのはいいことよ。頑張りなさい」
「うん!」
 満面の笑みが、周囲を照らした。成長期を迎えた葵、この成長期は実は非常に遅い1次成長期である。つまり、葵の体は赤ちゃんの体なのだ。
 葵はこれからも、より加速度つけて成長していく。そう、空になって向日葵のような笑顔を地球に落とすために生まれて来たかのように、葵の身体はこの瞬間でさえもすくすくと大きくなっているのだった。
-FIN