悩める全ての長身少女たちに

「女の子は褒めなきゃだめよ」
 少年時代のある時、母さんにこう言われたことを僕は今でもよく覚えている。
「女の子はね、褒めれば褒めるほど、かわいくなるの。かわいくなれば自分に自信がついて、もっとかわいくなるのよ。お世辞でもいい、とにかく褒めなさい。照れ隠しにからかうなんて情けないことことしないで、堂々と褒めなさい」
 それ以来僕は、何かにつけて女の子を褒めるよう、心掛けるようになった。もっとも、そんな機会が日常に溢れているほど、僕は女の子と付き合いがあるわけではなかったけれど。でも、そういった機会に出会えた時は、僕は母さんの言った通り女の子を褒めるようになった。

「え、タカくんの家って服屋なの?」
「うん。オーダーメイド専門のね」
 高校からの帰り道、僕は彼女と雑談をしながら帰路についていた。彼女とは毎日一緒に帰るようにしている。部活がある時も、部活が終わるのを待って僕らはそうする。
「そういえばマナ、服がないって言ってたけど」
「うん。背が高いと、なかなかサイズがなくて・・・・・・」
 僕の彼女は背が高い。180cmあると聞いている。母さんと同じくらいの身長だ。一方僕は175cmしかないから、いつもマナのことは少しだけ見上げている。自分より背が高い彼女は嫌だろうと、よく友人から聞かれるが決してそんなことはない。
「じゃあさ、うちで作っていかない? オーダーメイドって高いイメージあるかもしれないけど、普通の値段だから。大きさにもよるけど、180cmくらいなら、例えばセーター1着で2500円」
「え、普通じゃん!」
「でしょ。せっかくだから、うちに来なよ。それに、そろそろマナのこと、母さんに紹介したいし。こんなに素敵な人と付き合ってるんだって」
 顔を赤くして、背中を叩いてくる。女の子は褒めないといけない。褒めるとどんどん自信がついて、かわいくなってくる。母さんの言っていたことは本当なのだと、彼女と付き合って思った。
「もう、タカくん唐突にそういうこと言ってくるの、嫌い!」
「あー、嫌われちゃった。ごめん、今度からは気を付けるから」
「それ、何回目?」
 怒られようが嫌われようが、僕はマナのことを褒め続ける。本気で嫌がっているわけではないことは見ればわかるし、女の子は褒めないといけないのだから。
 僕らは一緒に店に向かった。店に入り、僕は制服の上着だけを脱いで、テーラーメジャーを首から下げて、店に立つ。お客さんは、彼女のマナ。彼女を相手に僕は接客を始める。
「母さん今いないみたいだから、僕が採寸するけど、いいかな?」
「うん。よろしくお願いしまーす」
「じゃあ、失礼します」
 まずは細かいところから。肩幅、腕、3サイズなどを測り終えて、最後に靴を脱いでもらって身長計で身長を測った。
「おー!」
 思わず感嘆の声を上げてしまう。マナが心配そうに、僕を横目で見てきた。
「どうしたの?」
「184.6cm。伸びたね」
「うそー!」
 身長計から降りて、靴を履くのも忘れてメモリを見るマナ。確かに、身長計はその値を指している。
「うそ、たった3か月で、4.1cmも伸びるなんて・・・・・・」
「まあまあ、背が高くても、マナは素敵だよ。それに僕、身長高い方が好きかも」
「え?」
 ぽっと顔を赤らめて僕を上から見下ろす。そういえば、この話はまだしていなかった。
「本当。母さん180あるし、妹には抜かされちゃったし、僕の周りにはいつも背の高い女性ばかり。そのせいか知らないけど、僕は背の高い女性に魅力を感じる。だからマナを好きになったっていうのもあると思う。もちろん、それだけが理由じゃないけどね」
 ・・・・・・沈黙が漂う、なんとなく気まずくなる。そしてマナは会釈して、小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。僕はそれを聞いて、少しだけ安心することができた。
 カランカランと玄関のベルが鳴る、それを聞いて僕は今の状況を思い出し、僕らは測定室から出る。
「あら孝弘」母さんが戻ってきた。僕は採寸した紙をボードから外して母さんに渡す。
「母さん、お客さんのマナさん。僕の彼女。採寸だけ終わらせたよ。デザインと見積もりはよろしく」
「うん、ありがとうね。初めまして、孝弘の母です。では、マナさん、まずはデザインについて話し合いましょう」
「は、はい!」
 僕はさっさと奥の部屋に引っ込む。こういうのは、女同士の方が良いと思うから。部屋に引っ込んでから、さっきのマナの赤面を思い出して胸がどきどきした。普段はクールなマナが稀に見せるそんな表情に、僕は弱い。マナには言わなかったけれど、僕よりも10cm近く背の高いマナが稀に見せる乙女な仕草が、僕は好きだ。その後しばらくマナの赤面を思い出すたびに、僕の方まで顔が熱くなってしまった。

「ねえ、タカくんの家って洋服屋なんだって?」
 彼女と一緒に弁当を食べていると、アイコに割り込まれる。身長170cmある、マナの次の背の高い女子。
「そうだよ!」僕の代わりに、マナが応えた。「この前ワンピース作ってもらったけど、すごくいい感じだった!」
「いい感じ?」
「うん、いい感じ! アイコも来ればわかるって。タカくんのお母さん、すごいんだから!」
 目を輝かせて、アイコにうちの店の宣伝をするマナ。目の前で店のことを褒められるのは、嬉しいと同時に照れ臭く、体がむずかゆくなってくる。
「じゃあ、行こうかなー」
 アイコはへらへらしながらそう言った。
 放課後、僕は女子2人を連れて家に帰る。先客はおらず、母さんは奥の方で作業をしている。ドアを開けると鐘が鳴り、その音で母さんは僕らに気が付いた。
「あら、あなたは孝弘の」
「はい! この前のワンピース、最高でした!」
 母さんをやや見下ろしながら、マナは元気にお礼を言う。母さんは上品に薄笑いを浮かべながら、マナの誉め言に一々相槌を打った。
「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ。ところで、そちらは?」
「あ、紹介します。私の友達の、アイコです。この子もオーダーメイドで作りたいって」
「ご訪問、ありがとうございます。では、まずは採寸をしましょう。孝弘、向こうで作業をしてちょうだい」
「はいはい」
 マナをその場に残して、僕は工房に入り上着を脱いでエプロンに着替えた。マナは好奇心旺盛に作業場を見回していた。そして、僕は母さんのやりかけの仕事に取り掛かった。
 採寸が終わったらしく、アイコはマナと一緒にデザインを決め始める。なんとなくハブられた気になるが、これも仕事だ。僕は黙々と作業を進める。
「ねえ、こんなの良くない? アイコ、かわいいの好きじゃん」
「えー、でもー」
 3人の会話を盗み聞ぎして、そうなのか、と少々驚いてしまう。僕の中では、アイコはクールビューティというイメージだった。読者モデルをやっているらしいという噂だが、初めてそれを聞いた時、妙に納得できたのを思い出す。アイコはそんな感じの、かっこいい女性だ。
「なら、いいじゃない。好きなものを着ればいいのよ」
「い、いえそのー・・・・・・」
「そうだよ! せっかくオーダーするんだから、思い切り楽しまないと。これで、お願いします」
「わ、私はそんなの、絶対に似合いませんから!」
 アイコの大声で、店内が急にしんとする。作業に一段落を付けてから、僕らはそちらを見てしまう。こういうことはよくある。良かれと思ってやったことが、かえって本人を傷つけてしまう。
 しばらくしてから、母さんはそっと、アイコの手を握った。アイコは母さんを睨みつけた。
「アイコちゃん。本当の気持ちを聞かせて。何が好きなの? 何が着たいの?」
「わ、私は・・・・・・」
 ・・・・・・小さな声で何かを答えたが、僕には聞こえない。
「いいじゃない、それを着れば」
「でも、私が着たら絶対変になる。私、かわいいのって似合わないから」
「変にするから、変になっちゃうのよ。似合う自分を作ればいいの。ここならそれができるわ。思い切り、おしゃれを楽しみましょう」
 それから母さんは机に置かれたヘアピンを一本手に取り、アイコの髪に差した。
「ほら、こんなにかわいいのに」
「これが、わたし・・・・・・」
 僕は3人から手元に目を移して、作業に戻る。これ以上チラチラ見るのは野暮だろう。ほんわかした空気を肌で感じながら、僕は目の前の作業に、世界にたった一つの服を作るための一工程に集中する。
「それで、デザインはどうなさいますか? あなたの本当に着たいものと、着たくないけど周りは褒めてくれるもの」
「・・・・・・こっちで」
「ありがとうございます。では、こちらで承ります」
 僕の目に映るのは自分の手、それにもかかわらず僕にはアイコの笑顔が見えたような気がした。

「ねえ、身長伸びた?」
 ワンピース姿でアイスを舐めるマナを見て、ふと思う。ヒールを履いているわけでもないのに、前よりも大きく見える。
「あー、やっぱりそうだよね? なんか服も小さくなった気がして。この前作ったばかりなのに」
 そわそわと、マナは肩や胸を触る。以前よりも服が肌に密着し、なんとなく色っぽく見えてしまう。
「タマさんより高いかも?」
「うん、最近、目線が一緒になってきた」
「それに、服も小さそう。新しいの、作る?」
「そうしようかなー。大きめに作るとか、できるよね?」
「もちろん」
 マナがほっと溜息をついてから、小さく微笑んだ。
 デートの帰り、僕らは店に寄る。もっとも、僕にとっては帰宅することと同じだが。そこに、先客が1人。
「あれ、もしかしてタマちゃん?」
 ビクリと背中を震わせて、彼女は恐る恐る後ろを振り向いた。やはり、マナとタマさんは同じくらいだと、彼女を見上げてそう思った。本当かどうかは知らないけれど、男子の間でタマさんの身長は190cmだと噂されていた。身体測定の時に、こっそり覗いた奴がいるらしい。180cm台すら突破した彼女はコンプレックスのせいか人一倍内気で、いつも教室で体を小さくして読書をしている。
「ま、マナちゃん」
「奇遇だねー。タマちゃんもここ使うんだー。いいよね、このお店」
「わ、わ、わ・・・・・・」
 ガチャリと、工房のドアが開いて母が姿を現した。180cmある長身の母だけれど、2人に囲まれると妙に小さく見えて、遠近感が狂ってなんだかトリックアートを見ているような気分になってきた。
「あら、また来てくれたのね、マナちゃん」
「こんにちは! ワンピースがなんか小さくなっちゃって。身長も、なんとなく伸びた気がしますし」
「ふふ、成長期だもん、しかたがないわ。今度は、もっと大きめに作りましょう。それで、そちらはお友達?」
 母さんはタマさんの方を向く。タマさんは口をぎゅっと結んでうつむいていた。背が高いから、僕からはその様子がはっきりと見えてしまい、申し訳ない気持ちになる。
 母は、ふう、とため息をついた。目を細めて、タマさんを見上げている。
「まあ、いいわ。あなたはどんな服が好きなの?」
「す、すみません!」
 さっとお辞儀をして、勢いよく振り返って玄関へと向かうタマさん。遠心力によって、茶色いカバーの付けられた単行本がばさっと床に落ちた。母さんがすっとそれを拾って、中を見た。
「こういうのが、好きなのね」
「あ、あの・・・・・・それは・・・・・・」
 顔を真っ赤にして母の手の中にある本をじっと見つめるタマさん。雰囲気からして、漫画だろうか。パラパラとめくって、母はそれを閉じた。
「さあ、採寸を始めましょう。2人とも、一緒に」
「い、いえ・・・・・・私は別に・・・・・・」
 目を泳がせるタマさんの肩に、母は手を添えた。
「タマちゃん、よく聞いて。美しいバラには棘があるけれど、棘があるからこそバラはあんなにも美しいのよ。桃の花は桜に比べたらちっぽけで地味だけれど、だからこそ桃の花はあんなにもかわいらしいのよ。あなたらしくあること、それがあなたを最も魅力的にするのよ。さあ、まずは採寸しましょう」
 母さんはマナとタマさん2人の手を取って、試着室へと入っていった。タマさんの表情は相変わらず堅いが、その瞳はさっきよりも生き生きしているように見えた。
 数分後、部屋から出てきたマナがにやにやしなが僕に向かってくる。
「ねえ、身長いくつだったと思う?」
「え? 190とか?」
 咄嗟に、適当な数字を言った。
「正解! 190.4だったよー。それでね、タマさんは」
「ちょ、ちょっと!」
 顔を赤くしたタマさんが、大きな声を上げてマナを止める。こんなに大きな声、出せるのかと思った。
「は、恥ずかしいから」
「えー、でも私とあまり変わらないじゃん」
「そ、そうだけど・・・・・・」
 ちらっと、僕に目を向けるタマさん。しばらく恥ずかしそうにしてから小さな声で、「190.9」と答えた。マナと5ミリしか変わらないのかと、マナの最近の成長に僕は驚いた。春はあんなに大きく感じたタマさんが、今は普通に見えてしまう。
「さ、これからは女の時間だから、孝弘は向こうで作業をしていなさい」
「はいはい」
 しぶしぶと、奥の部屋に引っ込む。そこでは妹がアイスを食べながら領収書をパソコンに打ち込んでいた。
「あの人、お兄のクラスメート?」パソコンから目を離さずに、妹は言った。
「ん、どっち?」
「暗そうな方」
「まあ、そうだけど」
「なんか、見たことある気がするんだよねー」
「へえ、まああれだけ背が高ければ、どこ行っても目立つだろう」
「あー、それ私への悪口? あーあ、言っちゃお。お母さんに言っちゃお。女の子に悪口言うのは男のクズよ」
「別に、悪口じゃないだろ」
「でもあの人、私より身長高そう」
 妹は立ち上がって、作業場からタマさんを見て遠隔で背比べを始めた。話し合いが終わったのか、帰ろうとするタマさん。妹の視線に気が付いたのか、小さく会釈をする。
「たぶん、私より高い。負けた」
「ちなみに、190.9cmらしい。採寸の時、なぜか僕に教えてくれた」
「あー。今の身長わからないけど、多分負けたー。はあ、身長欲しいなー」
 アンニュイな目でどこかを見つめながら、妹はため息をつく。まだでかくなりたいのかよ、そんな突っ込みは、『ありのままのあなたで』というスローガンを掲げているここではご法度だ。妹が背を伸ばしたいと言っているのだから、僕は何も言わずにそれを肯定しなくてはならない。
 僕はパソコンで作業する妹のそばで、エプロンを着て黙々と作業を始めた。

 マナ、アイコ、タマさん。3人がうちの店に来てから噂はクラス中に広がり、店はいつも学校の女子で溢れるようになった。大きめサイズの専門店ではあるが、オーダーメイド専門店なので平均的な身長の女子も利用するようになった。そして不思議なことに、うちで服を作った女子は皆、その後すくすくと背を伸ばしていくのだ。そう、マナと同じように、みんなすくすくと大きくなっていくのだ。
 女子の背が高くなり、男子はなんとなく肩身の狭い思いをしている。しかし、背が伸びたからといって男子をコケにするような女子は皆無で、むしろ、周りに優しくなっていった。
「服の力って、すごいんだよ! 特に、女の子にとっては」
 ある日マナにそのことを相談したら、そんな回答が返ってきた。僕は男子なので、その意味が最初よくわからなかった。
「女の子がおしゃれをするのはどうしてかわかる? 答えは、自分に自信をつけるため。いいお洋服がないと、いつまでもブルーな気分のまま。背が高いと服に困って、そうなると心は荒んでいく。かつて私はそうだった。でも、今はそんな心配ない。だって、キミの店があるから! そして、服選びというストレスから解放されて、自分に自信がついて、背筋がすっと伸びて、堂々と道を歩くとみんな私をうらやましそうに見てくれて、それでさらに自信が付くの」
 気分が浮かれたふわふわした様子で、マナはそんなことを口にする。良い服を着た女子の背が伸びる。にわかには信じがたかったけれど、実際にうちで服を作った女子の背が伸びているのは事実なのだ。それはクラスメートだけではなくて、妹も含めてそうなのだ。
 オーダーメイドと成長に関係があるのかはわからないけれど、うちで服を作ることで救われる女子がいるということだけは確かだろう。僕の家業が彼女たちをそういう形で救っていったのだと考えると、僕は実家の仕事が誇らしく思えた。
「あー、マナちゃーん! タカくーん!」
 手を振って、こちらへ駆けてくる女子がいる。最近はこんなことが増えた。知っている人を見かけたら、声をかける。小学生なら普通にやりそうな心地よい習慣が、僕ら高校生の間でも復活してきた。
「モエちゃん! どうしたのー?」
「呼んでみただけ―、ふふ」
 モエ、以前は僕よりも少し背が低かった。170cmあるかないか。それが今では、僕よりもやや背が高い。
「モエー、先に行かないでよー」
 後からかけてきた女子、ヒロミ。ここにいる女子はみんな僕のクラスメートだ。そして、みんな僕よりも背が高い。これでも僕は175cmある、平均身長よりも高い。でも、ここでは小人になってしまう。
「そういえばマナちゃん、身長伸びた?」不意にモエが、マナに尋ねる。
「私だけじゃなくて、みんな伸びているでしょう。でも、確かに伸びたなって思う。また洋服作りに行こうかなー」
「行ってきなよ! 私たちが行ってお金落とさないと。絶対に、潰れてほしくないお店だからね」
 僕の目線の上で交わされる会話。最後にモエは、僕を見下ろして、にこっと笑った。

 いつもは混んでいるけれど、今はちょうど人がいない。先客のいない店に入るのはなんとなく新鮮な気持ちになる。すでに常連となったマナに、母さんは一々いらっしゃいませとは言わない。ただ無言で微笑みながら、マナを出迎える。200cmのマナは、今では母さんよりも頭一つ近く背が高い。
 マナを見上げる母さんの目線が、さらに上昇する。そして、カランカランと僕らの後ろでドアの鐘が鳴った。
「あ、マナちゃん」
「タマちゃん! あ、かわいい服着てる。ここで作ったの?」
「うん!」
 全身真っ黒で、襟だけが白い。ワンピーススカートに身をまとったタマさん。普通は小さい子が着るドレスだと思うけれど、化粧して髪形を整えた彼女が着たら、何の違和感もない。ヒールでさらに背を高くしていて、マナよりも10cmほど背が高い。そんな長身が醸し出す神々しさ、それと少女らしいかわいらしさの共存に、僕は思わず見とれてしまった。
 あんなに暗かったタマさんがここまで変わった。やはりマナの言った通り、服の力はかなりのものらしい。
「あら、タマちゃんじゃない。洋服、とても似合っているわよ」
「ありがとうございます! ママさんのおかげです」
 ニコニコしながらお礼を言うタマさんと、上品に微笑む母さん。タマさんの背後で、もぞ、と何かが動いた気がした。そしてさっと、その何かは壁に隠れた。誰かいるのかと気になっていると、タマさんが振り返ってそちらを見下ろした。
「今日は私ではなくて、私の妹のオーダーをお願いしたいんです。ほら、隠れてないで出てきなさい」
 また何かが、もぞ、と動く。やがてそれはゆっくりと正体を現し、220cmあるはずのドアをくぐり抜けて、店に入ってきた。その大きさに僕は驚愕した、開いた口がふさがらなかった。その少女はそんな僕を見て、勢いよくしゃがみ込む
「うわー! やっぱり私、変なんだ! 私のお洋服なんてないんだー!」
「こらこら、ここではどんな洋服も作ってくれるるすごいお店なのよ。安心しなさい」
「ぐすん・・・・・・でも私、220cmもあるんだよ」
「大丈夫! あんたはあんたらしくしていればいい。かわいくなるためには、それが1番なんだから。ねえ、ママさん!」
「ええ、その通り。あなた、お名前は?」
 しゃがみ込んだ少女に、母さんはしゃがみ込んで尋ねる。袖の短いセーター。そのセーターも多分かなりの大きめサイズなのだろうけれど、彼女には小さすぎるらしい。
「な、ナナ」
「ナナちゃん、立ってみて頂戴」
 少女は母さんの手を握りながら、ゆっくりと立ち上がる。母さんよりも、マナよりも、ヒールを履いたタマさんよりもさらに高く、彼女はそびえたった。さっきは220cmと言っていたけれど、それはおそらく春頃の身長で、今はもっと、さらに10cmくらい高くなっているように見える。そうでないと、玄関のドアをくぐることなんてないだろう。長身の母さんが、少女の前では頭2つ分も背が低い。
 母さんはいつもの柔らかいほほえみを少女に向けながら、手を伸ばして彼女の頬に触れて涙を拭きとる。
「せっかくかわいいのに、泣かないで」
 ぐすん、と鼻をすする少女。ハンカチを取り出して、言われた通り涙を拭いた。
 僕はその場から立ち去る。これからは女の時間、言われずとも立ち去るのが男の役目だろうから。カランカランという来客を知らせるドアの鐘の音を聞きながら、僕は自分の部屋へと向かった。。
「あ、ナナちゃん!」
「え、ナツミちゃん?」
 妹の声と、それに続く少女の声。そうか、彼女は妹の友達だったのか。僕は振り返ることなく、自分の部屋へと戻っていった。

 店は今でも繁盛している。主に、背の高い女性がおしゃれなオーダーメイドを求めてやってくる。そして、存分におしゃれをした女性は自分に自信を付けて、どうしてか背を伸ばし、またうちで注文する。こうしてうちはどんどん利益を上げていく。そして、母さんはもちろんのこと、そこで日々作業をしている僕の顔も広くなっていった。
「あ、タカさん! あと、マナさん!」
 町を歩いていれば、誰かに声をかけられることは日常茶飯事。そんなことが繰り返されるうちに、声を聞くだけで誰かがわかるようになってしまった。今日はナナ。彼女の身長を予想して、首を上に傾けながら振り返るが、そこは首。思ったよりも、背が高くなっていたらしい。
「やあ、元気?」
「はい、おかげさまで・・・・・・」
 恥ずかしそうに、足をもじもじとさせる。彼女の脚元には、10cmくらいありそうなヒール。以前の彼女であれば、こんなものは履かなかっただろう。
「また、身長伸びたね」
「はい! 今は10cmのヒールを履いているので、245cmですね。ちょっと前までは身長高い自分が嫌で嫌で仕方がなかったんですけど、なんか、吹っ切れちゃいました!」
 歯を出してにこっと、子供っぽい笑みを上空から僕に振らせる。245cm、常日頃から長身女性に囲まれている僕でも、ここまで高い女性はさすがに少数派だ。僕は2人しか知らない。1人はナナ。もう一人は・・・・・・
「あ、ナナちゃん」
「ナツミちゃん! 偶然だねー」
 妹はじろじろと、ナナのつま先からてっぺんまでを見る。ナナはまた、もじもじとした。
「ずるい! ヒール履いてる」
「へへ、お姉ちゃんのヒール、履いてきちゃった。私、お姉ちゃんと靴のサイズ一緒だから、よく交換するんだよねー」
 ナツミを若干見下ろして、へらへらしているナナ。ナツミは少し悔しそうに、ナナを見上げていた。
「中学校だと私の方が高いのに、ヒールとは・・・・・・」
「ナツミちゃん、240cmだっけ? 私、235cm」
「でも、5cmかー。抜かされぬように、気を付けないと」
 真剣な表情で考え事をする妹を、ナナは微笑を浮かべて見下ろす。そんな巨大な2人を僕ははるか下の、2人のへそのあたりから真上を向いて眺めていた。
「うわー、2人とも大きくなったねー」
「はい、大きくなりました!」
 205cmになったマナ。少し前までは大きく感じた彼女も、今では僕の感覚がマヒしたせいで小さく感じてしまう。自分よりも30cm背が高いし、僕の頭はマナの肩までしか届いていないのに小さいなんておかしな話だけれど、実際僕はそう感じるのだ。
 175cmという身長はそれなりに高い方だと僕は思っていたが、今ではそんなことはない。僕よりも背の高い人はたくさんいる、そしてその大半は女子だ。世間では背の高い女性というのはコンプレックスで内気というイメージがあるようだが、僕の周りにそんな人はいない。思い切りおしゃれを楽しんで、背筋をすっと伸ばして堂々としている。そんな彼女たちを見上げて、僕はその凛々しさに感心する。
「きゃっ! あー、風が冷たい」
 ナナが自分の体をさする。秋の風が僕らから体温を奪った。秋が終われば冬がやってくる。季節が変われば服も変わる。
「少し早いけど、今のうちにコート作っておく?」
「賛成! あーでも、コートって高いよね。まだ身長伸びると思うし、もう少し大きくなってからの方が」
「大丈夫! そんなニーズにこたえてうちではキャンペーンをしているから。セットで注文すると割安になるサービスだよ!」
 さらりと宣伝をする妹。彼女に任せておけば、店の心配はなさそうだと僕は思った。そろそろ、秋物、冬物を求めて店が混み始めるのだろうか。クラスメートの女子であふれかえる店を想像して、僕は肩が若干重くなるのを感じた。秋の風が、また僕らの体温を奪っていく。僕は上着を襟を手でぎゅっとしめた。
-FIN