コンプレックスは治らない

 ついにやってきた。会場に背の高い女性がちらほら入っていくのを見て、僕はそう思った。170cm以上高身長女子限定街コン、参加費は女性無料、男性5000円。そのかわり男性の身長制限はない。160cmの僕だって、参加するのだけなら自由だ。
 緊張しながら、同時に胸を高まらせながら街コン会場に入る。170cm以上限定というだけあって、どの女性も背が高い。180cm近くありそうな、人混みでもめったに見ないレベルの長身女性もいる。あたかも自分が巨人の国に紛れ込んでしまったような錯覚を受けてしまう。男性の方は、大きい人もいれば、僕と同じくらいの人もいる。
 適当に席についてから再びきょろきょろと周りを見回す。長身女性といっても背が高いだけなので、痩せていたり太っていたり、胸が大きかったり小さかったり、かわいかったり普通だったり、色々な人がいる。そんな多くの女性を見ながら、自分の好みの人を探していった。
 座ってしばらくすると、目の前に女性が立った。僕は周りを見回すのをやめてそちらを見る。目線の先には黒い服、目線をどんどん上げていって、まだまだ上がっていって、やっと顔が映る。ぺこっと小さく会釈をされたので、僕も返した。ものすごい長身の人だ、この長身街コンでも、たぶん断トツで最長身。そんな彼女は椅子を引いて、横を向いて椅子に座ってから、くるっと90度回転して席につく。膝頭が机よりも高い位置にあるから、そうしないと座れないのだ。そして座っていても、僕の目の前には彼女の胸があるくらい、座高も高い。彼女に気が付いた人は誰でも、彼女を凝視していた。それは彼女の並外れた長身の他、彼女の服装にも原因があるだろう。全身真っ黒のシンプルなドレス。いわゆる、ゴシックロリータ。しかしフリルは少なめで、袖口とウエストのまわりくらいにしか見られなかった。
 時間になると、机単位で自己紹介を始める。内気な人、外交的な人、チャラチャラした人、紳士な人、色々な人が自己紹介をしていく。そしてとうとう僕の番が回ってきた。
「えー、・・・・・・と言います。カフェを経営しています。身長は160cmですが、背の高い女性がタイプです。今日はよろしくお願いします」
 パチパチと拍手で送られながら、僕は椅子に座る。そして次は、目の前の超長身女性の番。彼女は思い切り椅子を引いてから立ち上がった。その瞬間周りがざわついた。
「初めまして・・・・・・です。手芸が趣味で、こんな洋服を作っています。身長は190cmです、よろしくお願いします」
 小さく拍手をする。彼女はすぐさま椅子に座って、無理やり脚を机の下に収める。「もっと高そう」という声が聞こえてきた。彼女の顔が赤くなっていく。
「今日は厚底を履いてきたので、そのせいです。10cmあるから、2メートル?」
 周囲が失笑する。彼女自身は受けると思っていたらしく、小さく笑ったまま硬直していた。小さく、キモイという単語もどこからか聞こえてきた。自己紹介はその後も続き、僕は義務的に話を聞いては拍手をした。その後、机を交換したり、自由に動き回るフリートークがあったりと街コンは淡々と進んでいった。5000円払ってきたのだからと、近くの女性に話しかけてみたが、話が続かずすぐに別の人に取られてしまう。
 街コンなんてクソだ。非モテの助けではなく、イケメンにさらなる機会を提供する場に過ぎないらしい。僕らは引き立て役に過ぎなかった、クソ! あまりの成果のなさに心のなかでそんな叫び声を上げていると、さっきの人が机でぽつんと一人で座っていることに気が付いた。最初は結構色々な人に絡まれていたが、それはただ物珍しいからであって、恋人はまだできていないらしい。僕はそんな彼女に近づく。
「すみません。ここ、いいですか?」
「あ、はい」
 にこっと微笑む彼女。僕は彼女の前の席に座る。彼女は体をもじもじともしながら目を泳がせていた。急すぎただろうか、しかし僕は彼女に話の話題を振る。
「その服、手作りなんですか?」
「あ、はいそうです!」
「作るの、大変そうですね」
「大変ですけど、かわいいものは自分で作りたいって、私は思うんです。大変な思いをするだけの価値があると思うんです」
 はきはきと楽し気に語り始める彼女。洋服の作り方、彼女なりの『かわいい』の哲学。話を聞いているうちに、こちらまで楽しくなってしまう。変な姿を見せたら嫌だからこの場で飲む気はなかったのだけれど、自然と酒に手が伸びる。楽しい話は、酒を飲みながらしていたい。遠慮していたのか、僕が飲み始めると彼女も酒を飲み始めた。酒が入ると、もっとおしゃべりがしたくなってくる。
「いつから作っているんですか?」
「高校生くらいからです。既製品だとサイズが微妙に合わなかったりするので、それで思い切って作っちゃおうって」
 彼女はごくごくと、運動後の水分補給のような勢いで酒を飲んでいく。強い人なのかと思ったが、すぐに顔が赤くなり、呂律が回らなくなっていった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です! ちょっと、トイレに・・・・・・」
すっと立ち上がる彼女、心配になって僕も一緒に立ち上がる。そして再度驚愕する、彼女の超身長。座っていても立っていても高いことには変わりなく、立ったという感じがしない。僕の目の前にあるのは、ドレスのベルト、もしくは肘。そんな巨体が一歩足を踏み出すごとによろめき、そのたびに周囲のカップルはさっと彼女から遠ざかった。
「危ないですよ!」
 僕は咄嗟に彼女の手を取る。肘を直角に曲げた。幼いころに母親と手をつないだ時の記憶がふっとよみがえる。今の僕らの身長差はまさしくそれくらいらしい。
 手を取ったまま女子トイレの前まで彼女を支える。ドアのところで頭をぶつけ、トイレに入ってからも中から何度かゴンという鈍い音が聞こえてきて、そのたびに僕は不安になる。やがて彼女はハンカチで手を拭きながらトイレから出てきた。
「大丈夫ですか? なんかすごい音していましたけど?」
「ぜーんぜん! よく個室に入る時頭ぶつけちゃうんです。慣れっこですから」
 そして席に戻ろうと一歩踏み出すが、平衡感覚は未だに失っているようで、よろめいてしまった。
「今日はもう、帰りませんか?」
「はい、そうしますー。そちらは?」
「僕も、そろそろ帰ろうかと」
「じゃあ、一緒ですねー」
 僕らは手をつなぎながら、会場の出口を目指す。後ろでコソコソと噂がされている、酔わせて持ち帰るやつとか、巨人を捕まえた珍獣好きとか好きかって言っているのだろうが、今の僕にはどうでも良くなっていた。
 会場から出てすぐ、僕はタクシーを拾った。そのあとで彼女がタクシーに入れるのかと心配になったが、車内で頭を下げて、体育座りをするように脚を曲げてぎりぎり収まってくれた。そして僕も同乗する。
「行先は?」
「えーと・・・・・・」
 彼女の方をチラッと見る。ぼーっと窓の外を見ているので仕方なく、僕は自分の住所を言う。タクシーのドアが閉まり、僕の自宅に向かって発車した。
 夜の街でタクシーに揺られて男の自宅を目指す。しかも今日は金曜日。これは完全にそういうものではないか。街コンで誰に話しかけてもイケメンに奪われた僕が最後こうなるなんて、誰が予想できただろう。しかしそんなことよりも、彼女が今の状況をどう思っているのかが気になってし跨がない。
「・・・・・・ふふ」
 夜景を眺めながら、彼女が笑う。外に何かいるのだろうかと、僕は窓の外を覗き込んだが何も見えない。いや、そもそも彼女の視点からでは道路くらいしか見えないじゃないか。
「ふふ、ふふふふ」彼女がまた笑う。
「どうしたんですか?」
「お持ち帰り、されちゃったなって」
「あー、今からでも行先変更しますか?」
「いえ。このままでいいです。ふふふ」
 道路を眺めている、というよりも僕から目を背けているのだとその時気が付いた。窓ガラスに反射する彼女の顔は笑っていた。もしもこれらが彼女の照れ隠しであるとしたらと思うと、僕は彼女のことがとてつもなくかわいらしく思えた。
「私、女扱いされたことって、多分ないんです。小学校を卒業するころには170cmありました。中学校を卒業するころは、180cm。高校を卒業するころは・・・・・・200cm」
「200cm?」
 思わず反復してしまう。だって自己紹介の時に彼女は、190cmと言っていたから。彼女は左足を持ち上げて、厚底の部分を親指と人差し指で挟んで、力を込めた。指の形に沈み込む。
「これ、厚底っぽく見える靴なんです。ちなみに、手作りです」
「それはつまりー」
「はい。立った時が、私の本当の身長でした。しかも、高校を卒業してからもまだ伸びているので、もしかしたら210cmくらいあるかもしれません。まあ、測ってないんですけどね」
 にこっと、僕を見下ろしながら笑顔を作る。しかしその笑顔はどこか悲しそうだった。
「身長が高くていいことなんて1つもないです。服は高いし、人には女扱いされず化け物って言われるし。頑張ってかわいくなろうと化粧とか勉強して、女の子らしい服でごまかそうとしても逆に変になるし。それに・・・・・・身長が高くて一番困るのは、靴とか洋服でもなくて、ドアに頭をぶつけたり、車が狭かったりでもなくて・・・・・・なんだと思いますか?」
「・・・・・・わからないです」
「答えは、就職です。制服がないとか、お客さんを威圧するとかで、不採用でした。高校を卒業してもう3年になりますけど、フリーターです。それも、よく嫌になって辞めちゃいますし。この前なんて写真を取られたから消させようとしたら暴力と間違えられて警察沙汰に・・・・・・最悪でした」
 いつの間にか彼女は窓の外ではなくて、自分の足元に目を落としていた。超長身ゆえの苦労、聞いているだけで辛くなってくる。長身女性の悩みというのはよく聞くが、彼女は次元が違う。自分よりも若い21歳の女性がそんなことで悩んでいると思うと、年上としてなんとかしなくてはならないという義務感が沸き上がってきた。
「良ければ、うちで働きませんか? カフェのウェーターとか」
「え、いいんですか?」
「はい。ちょうど探していたので。小さなカフェなので、あまり給料はたくさん出せないとは思いますが」
「いえ、やらせてください! 私もちょうどバイトを探していたところなんで」
「バイトじゃなくて、正社員ですが」
 そう言った途端、彼女の目が輝いた。そんな彼女を見て僕は目を細める。
「うれしい、夢みたいです」
「じゃあ、詳しい話はまた後日。そうだ、連絡先交換しましょう」
 スマホをポケットから取り出したとき、キッとタクシーが止まった。目の前には、僕の部屋があるマンションがある。そんなことになっていたのをたった今思い出した。とりあえずタクシーから出て、マンションの前で僕らは並んで突っ立つ。彼女を見上げると、恥ずかしそうにもぞもぞとしながら僕を見下ろしていた。
「お家、入らないんですか?」
「えーと、なんかすみません、こんなことになってしまって」
「いえ、むしろ私の方が興奮しています。これからどんなことされちゃうのかなって」
 へへ、と笑う彼女。とりあえず僕らは部屋に入る。コンビニに向かうのは、もっと後で良いだろうから――
 彼女とのその後はまた別の機会に話すとして、彼女は正式にうちのウェーターになった。白シャツと黒いズボンに、黒いエプロンドレス。彼女の体に合わせて作った、身長213.6cmの特注品。少々高くついたが、丈にあった制服を着た時の彼女の喜びようを思い出すと、そんな出費も妥当だと思えてくる。それに、彼女のおかげでうちは繁盛している。看板娘となって、全国から彼女を一目見ようと多くの人が集まってきたのだ。ホームページに彼女のことを書いたわけではなく、口コミとして広がっていった。
 ある日、僕は彼女から制服が小さくなったと言われた。新しいものを発注するため、取り敢えず店の身長計で彼女の丈を測ることにする。もっとも採寸はテーラーにやってもらうわけだが、どれくらいなんだろうという僕の興味から、店に身長計を置き、機会があれば身長を測るようになった。彼女には今でも嫌がられるが、最近は初期に比べたら多少はマイルドになってくれた気がする。
「221.2cm」
「うそでしょ!」
 彼女が叫んだ。ちなみにこの身長計は少々値が張るもので、250cmまで測れる高級品だ。測りから降りて自分でメモリを見上げるが、確かにメモリは221.2cmを指していた。
「たった1年足らずで、7.6cmも。ここ数年は緩やかになってきたのに、またこんなに・・・・・・お風呂場の天井にも頭ぶつけちゃうようになったし、ドアも背中曲げてくぐらないといけないし、お店のトイレとか、頭から上が抜き出ちゃうし・・・・・・最悪です」
 僕はじっと、彼女の愚痴を聞いていた。そして言いたいことが尽きたタイミングで、一回り大きくなった彼女の背中を、僕の背丈よりも高いところにある背中をどんと叩いた。
「そんな君を魅力に思ってくれる人も大勢いるよ」
「それは魅力じゃなくて、珍しさですよ。私は珍獣です」
「じゃあ、僕は気にしない。それでどう?」
 相変わらず青い表情を浮かべているが、そんな絶望の表情の中に、かすかな笑みがあるように僕は思えた。彼女のコンプレックスを治すのは難しいかもしれない。でも、緩和することはできるかもしれない。僕はこれからも、彼女を女の子として褒めていこうと思った。
-FIN