ある電車の一車両で

 時は平日の夜。帰宅ラッシュの下り電車の中で胸から上が飛び出るほどに長身の女性が、やや猫背になって目の前にある高い方のつり革に捕まっている。

女性1「(ああ、身長高いの嫌だなあ)」
女性1「(モデルみたいって言ってくれる人もいるけど、190cmもあると、そんなレベルじゃなくなっちゃう)」
女性1「(どこに行っても目立つし、周りの人から視線を感じるし、面白半分で背比べしてくる人とか、勝手に写真を撮ってくる人がいてイライラするし、今なんて子供が私の手を吊革みたいに掴んでいるし)」
女性1「(はあ、身長高いの、嫌だなあ)」

 ため息をつくと同時に、駅に到着した電車のドアがプシューッと音を立てて開く。ちらと外を見た彼女はその光景に目を見張った。そこにいるのは確かに女性だ、しかし肩から下までしか見えない。
 大きく屈んで車内に入り、直立した彼女の頭頂部は、女性1のものよりもはるか高いところにある。

女性1「(うそ! あの人、私よりも背が高い。そんな人、白人で1回だけ見たことあるけど、東洋人は初めて。日本の人かな? しかも、私より若そうだし)」
女性2「・・・・・・」チラッ
女性1「(あ、目が合った。じろじろ見ちゃった)」
女性1「あの、こんばんは」
女性2「こんばんは」ニコッ
女性1「あの、身長お高いですね」
女性2「はい。お姉さんも、高いですよね。私、211㎝あるんですけど、お姉さんは?」
女性1「211! あ、すみません、驚いてしまって。私も自分がされると嫌なのについ。えーと、むかし測ったときは190.6cmでした」
女性2「やっぱり、それくらいあるんですね」
女性1「はい。あのー、服とかどこで買っていますか?」
女性2「私は基本特注ですね。190cmくらいだと、よく探せば男性用のでありますよね。あとは、7分丈にするとか。冬物は困るでしょうけど」
女性1「はい、そうなんです! 冬は袖が短いと困るので、コートは特注しました」
女性2「ですよねー。夏物は、私もなんとかなるんですけどね、ものによってはレディースでもいけます」
女性1「確かに、細いですね。私は結構ガタイがあれで、昔バレーをやっていて、それで」

 周囲よりも肩から上が抜けていた女性1。そんな彼女よりもさらに頭1つ近く背の高い女性2。高い方のつり革の支柱ですら彼女の目線の高さであり、周囲よりも胸から上が飛び出ている。
 一般的に長身といわれる170cmの女性でさえも、彼女たちの視界から大きく外れていた。電車の天井付近で引き続き会話が繰り広げられる。

女性1「身長高いと、色々困りますよね。私はキッチンが低くて」
女性2「キッチン? ああ、まあ立つとそうですね。私は膝立ちするので」
女性1「ああ・・・・・・えーと、シャワーヘッドとか、低くないですか?」
女性2「ごめんなさい、私はお風呂場の天井に頭がつくので」
女性1「あー」
女性2「でも、190cmって結構ちょうど良いですよね。電球交換とか困らないし、お金はかかるけど他の人と同じように暮らせるし」
女性1「ま、まあそうかもしれませんね・・・・・・」

 プシューッとエアブレーキの音がした。2人はちらりと、自分よりも背の低い電車のドアを見下ろした。そこには女性がいた、しかし2人から見えるのは、スカートであった。
意味がわからず、2人は首を傾げた。そして彼女が膝を曲げてしゃがみ込んで、ドアフレームに手を添えて、まるでトンネルでもくぐるかのごとく車内に乗り込んできたのを見て2人は言葉を失った。
 直立した彼女は、女性2よりもさらに頭1つ近く背が高く、電車の天井につかえてやや首を傾ける必要があった。
 
女性1「あ・・・・・・」
女性2「えーと、こんばんは」
女性3「あ、はい、こんばんは」ペコリ
女性2「身長、高いですね」
女性1「はい、よく言われます」
女性2「私も210cmあって、男性でも自分より高い人見たことないし、ギネスの少女よりも高いらしいので、世界一かなって思っていたんですよ。あなたを見る前は」
女性3「210cmですか! 高いですね。あ、私は230cmあります。見ての通り、電車は嫌いです」
女性2「すごいですねー。もしかして、中学生?」
女性3「え、なんでわかったんですか?」
女性2「中3の妹がベネッセやってて、そのミサンガつけてたから。中学生かー、まだ身長伸びてるのかな?」
女性3「はい、去年は8cm伸びました。そろそろ止まってほしいです」シュン
女性2「私も19くらいまで伸びてたから、気持ちはわかるよ。私たちみたいのに限って、しつこく伸び続けるんだよねー。お姉さんはどうでしたか?」
女性1「あ、えーと高校のときも毎年1cmくらい伸びてました。私、190cmなんですけど、ずっと測っていないのでもう少しあるかも」
女性3「190cmですかー、私が5年生くらいの時の身長ですね。いま思うと、190cmってちょうど良かったなって思います」
女性2「わかるー! 服も探せばあるし、脚を広げれば低いところもなんとかなるし」
女性3「あと、電車も頭つかえないし、体育倉庫も頭つかえないし、廊下から教室の中覗いちゃうこともなかったし」
女性2「ごめん、それは私もわからないや・・・・・」
女性3「あー、そうですか。この前、男子の着替えを間違えて覗いちゃって変態だーって言われて。そんなに嫌なら、紙とか貼ればいいのに面倒くさいって貼ってくれないし」
女性2「大変だねー。なんか、私が小さく見えてきちゃった」
女性1「あのー、私、視界に入っていますか?」
女性3「あ、えーと・・・・・・すみません」
女性1「私がこんなに小さいなんて、不思議な気分です」
女性2「私も。自分より高い人なんて、ギネスの250cmの男性くらいしかいないと思っていたから」
女性3「そんな人がいるんですか? 1回、会ってみたいです」
女性2「そのうち抜かしちゃうかもしれないけどね」
女性3「まあ、そうかもしれませんけど・・・・・・うーん、複雑な気持ちです」
女性2「あ、わたし次で降りるので。そうだ、よければ連絡先を交換しませんか?」
女性3「あ、私もしたいです」
女性2「メアド書くんで、あとで送ってください。あー、急がないと」

 女性2から紙切れを受け取り、女性1はすぐにメールを送信する。メールが受信されたことを確認して、女性2は入ってきた時と同じように、ドアをくぐるようにして出ていった。電車の外で、女性2は腰を直角に曲げて中を覗き、2人を見上げた。
 エアブレーキが彼女に別れを告げた。
 
女性1「また、会えるといいですね」
女性3「はい、会いたいです。あの、さっきはあんなこと言っちゃいましたけど、190cmも高いですよね?」
女性1「はい。自分より背の高い女性は、外国人で1回だけです。あ、すみません、日本の方ですか?」
女性3「はい、日本人です。お姉さんも?」
女性1「日本人です。そうだ、私のメアドも渡します」
女性3「ありがとうございます・・・・・・送りました」
女性1「受け取りました。さっきの人のも、送りますね。話変わりますけど、部活は何を?」
女性3「演劇部です、もう引退しましたけど。私が出るとそれだけで受けるからって、結構重宝されていました」
女性1「そうなんですね。あのー、運動部からの勧誘はー」
女性3「ありました。1年生の時は入っていたんですけど、すぐに関節を痛めちゃって。そして、休んでいたらすごく身長が伸びたんです。1年生になってすぐの身長は203cmだったんですけど、夏休みに関節痛めて休んでいたら、9cmも伸びちゃって。夏休み明けに測ったら216cmで。保健室の身長計は210cmまでなので測れなくて、メジャーで測って。それで、やめました。もともと動きが素早くないので、試合とか全然でしたし」
女性1「そうなんですね。なんか、色々ショックですね」
女性3「はい。せっかくこんなに身長高いのに運動できないなんてってよく思います。あ、私ここなので。また会いましょうね!」
女性1「はい、会いましょう!」

 その場ですっとしゃがみ込み、電車から出ていく。ホームでくるりと振り返り、しゃがんだまま女性1に向かって手を振った。女性1はにこりと上品に微笑んで少女と別れた。
 再び、女性1だけになった車内。女性専用車両で肩から上が飛び出るほどの長身の彼女がそこにそびえたっている。30分前と同じ状況、しかし彼女の心境は以前とは大きく変わっていた。自分を大きいとは思えなかった。周囲から肩から上が飛び出る彼女が、肩にすら届いていないほどの長身女性と出会ったのだから。
 小さな笑みを浮かべながら、女性1はスマートフォンをいじる。猫背をすっと伸ばし、鼻歌を歌いながら胸を張ってそれを片手で操作している。スケジュールアプリを開き、胸をわくわくさせながら都合の良い日を選び始めた。
-FIN