怪獣の恋

 私は自分の身長が嫌いだ。
「やーいデカ女ー」
「巨人が現れたぞー」
 中学校に行くなりバカな男子が現れては私の悪口を言ってくる。私の胸よりも小さい男子の囀り。・・・・・・いや、私がデカすぎるだけだ。女子中学生で201cmなんて、巨人と言われてもそうだと言わざるを得ないのだから。
「ねえ、トモちゃんが可哀想だよー」
「あいつ、トモちゃんのこと好きなんだよー」
「はあ? 誰がこんな怪獣女のこと好きになるかよ!」
 ケラケラと笑いながら去っていく男子。今度は女子が私に建前だけの優しさを見せてくれる。
「トモちゃん気にしないでねー」
「そうそう。トモちゃんはかっこいいから!」
 口調は優しい。しかし私のいないところでは男子が可愛く見えるほどのどす黒い悪口が囁かれていることを私は知っている。私に優しくしているのではない、優しい自分に酔いたいだけなんだ。その証拠に、私の悩みを話すと最初は真剣そうに聞いてくれるのに、だんだんと対応が雑になっていって、やがては優しい突き放しをしてくる。
 みんな嫌いだ。もしも私のポケットの中に世界を滅ぼすボタンがあったとしたら、私は躊躇せずそれを押すだろう。情けをかける価値すらないこの世界、滅んだほうがこの宇宙のためになる。
 ・・・・・・そう、なんとなしにポケットに手を突っ込むと、指の先に覚えのない固形物が入っている。変なものを持ってきてしまったかもしれないと冷や汗が流れる。先生に見つかったら大変だ。
 私は休み時間にトイレに入って、ポケットからそれを取り出す。袋に包まれた飴玉、どこでこんなものが入ってしまったのだろうか。少なくとも、家ではこんなものを見たことがない。まるでガラスでできているように滑らかで輝いている。しかし包装の様子はどう見ても飴玉だ。
 それが放つ不気味な輝きを見ていると、私は居ても立っても居られなくなって、包装を剥いでそれを口に含んだ。こんなところ、先生に見られたら大惨事だ、不良の巨人女子中学生として街の伝説になってしまう。
「やあ、食べてくれてありがとう!」
 ・・・・・・どこからか声が聞こえた。本来は焦るべき状況なのに、私はどうしてかとても冷静で、辺りをゆっくりを見回している。
「僕は今、君の脳に話しかけているんだ。実体はないよ」
「あなたは、誰?」
「僕をどう呼ぶかは人による。ある人は妖精と、ある人は天使と呼ぶけど、名前なんてどうでもいい。僕はただ、仕事をするだけだから」
「仕事? 仕事って何?」
「君の願いを叶えることさ。さあ、君の願いを聞かせて欲しい。何度でもいいよ。君の願いが枯渇するまで、願いは叶えてみせる。ただ、矛盾する願いはしてはいけないよ。そんなことされると、僕は疲れて消えてしまうから。さあ、君の願いを聞かせてくれ!」
「願い・・・・・・」
 願いが叶う、そんな非常識で勝手なこの状況、しかしすでに異常な今の状況の前には私のそんな理性的な判断はすでに無意味と化していた。願い、何を叶えてもらおうかと私は心を躍らせながら考えた。
「・・・・・・はっ、今何時?」
「今は10時15分。2時間目が始まって15分が経過したね」
「やばい、遅刻した!」
 トイレから出て、手を洗わずに私は廊下を走って教室に向かう。くそ、こんなことなら昼休みにやれば良かったと後悔しながら私は廊下を走る。教室の前にやってきて、当然中ではすでに授業が始まっていた。ここまでは全速力でやってきたのに、いざ教室を目の前にすると、すぐにドアを開けることはできない。
 私の頭で電球が光った。
「そうだ! ねえ妖精さん。私が教室に入っても、誰も気づかずみんな普通にしているようにして」
「かしこまりー、クス」
 ニヤニヤと笑う妖精に私は若干の不安を覚えたが、今はそれを信じるしかない。私は勇気を持ってドアを開けた。
 授業をする教師は黒板に一心不乱に文字を書いている。みんなも集中してそれを写している。私はそっとドアを閉めて、机の間を通り、自分の席についた。板書が終わってからも状況は変わらず、私は最後まで、まるで最初からそこにいたかのように授業を聞いていた。
 授業が終わる時、教師は出席簿を見て怪訝な表情を浮かべ、教室を一望する。
「あれ? 伴野が欠席になってる。いるよな? うん、出席にした、悪い、伴野!」
 教室が小さな笑いに包まれて、何事もなく普通の日常が過ぎていく。普通とはこんなにあっけないものなのかと、私は少々戸惑う。
「どう、僕の力は本物だったでしょう」
 妖精にそう聞かれる。しかし、案外私の日々はこんなものではないかという気がしてきた。生徒が1人いなくても普通に時が進んでしまう、誰も私のことなど見ていない。そんなあっけないものだという気がしていた。そう思うと、さっきの不思議な現象も妖精のおかげではないように思えた。
「あれー、まだ信じていないのかなー。じゃあ、他の、もっとすごい願いを叶えてあげるよ。とはいっても限度はあるけどね、僕だって疲れちゃう」
「じゃあ、私に彼氏を頂戴。そうしたら信じる」
「かしこまりー、クスクス」
 脳内で話しかけるだけでコミュニケーションが取れてしまう。私の考えていることなんて、きっと筒抜けなんだ。
 日常が勝手に過ぎていく、何もない、退屈な日常。されることといえば運動部への勧誘くらい。それを華麗に断って私は美術室に向かった。
「すみません、付き合ってください!」
 目を瞑り、顔をピンク色にして告白する男子が目の前にいる。邪魔してしまったと一瞬思ったが、相手は・・・・・・虚空。私はそういう遊びだと思ってスルーして、彼から距離を置いて私は椅子に座った。さて、今日は何をしようか。いつも通り、スケッチでいいかな?
「・・・・・・あれ、伴野さん? いつの間にそんなところに」
 男子が、池内くんが私に向かってくる。さっきと同じように顔をピンクにして、私の隣に座った。
「こんにちは」
「あー、うん、こんにちは・・・・・・それで、ダメかな?」
「ダメかなって、何のこと?」
「何のことって、さっき言ったことだよ」
「さっき? 私、いま来たばっかりなんだけど。スケッチブックも、まだ持ってきていないし」
「え? あれ、本当だ。え? さっきまで伴野さんはそこに座っていて、僕と一緒に椅子の石膏像のスケッチをしていたのに。え? あれ、なんかおかしくなっちゃった」
 頭を抱えて悩む池内くん。150cmくらいの小柄な彼がそうしていると、なんだかとても可愛らしく見えてくる。私はふふっと笑ってしまった。
「それで、私に何の話をしていたの?」
「え、それはー・・・・・・」
 再び頬をピンク色にする彼。私はそこでさっきのことを思い出した。体温が上がって汗が噴き出てくるのを感じた。
「あのー、僕、伴野さんのことが」
「・・・・・・うん」
「好きです、付き合ってください」
 ・・・・・・顔が赤いのが自分でもわかった。男の子の真剣な表情から目が離せなくなった。私の頭は、その急な告白に対する返事について考えるべくフルで活動している。そんな私の脳に、妖精のクスクスという笑いが遠くの方から聞こえてきた。私の負けだ、私は素直にそれを認めるしかなかった。

「どうだい僕の力は?」
「うん、すごい! 魔法みたい」
「信じてもらえて嬉しいよ! さあ、どんどん願い事を言ってくれ」
「ねえ、どうして私にだけこんなに良くしてくれるの? 私、背が高いだけで何もないただの女子中学生なのに」
「クスクス、うーん、まあ色々あるのさ。相性とか、そんなものが。一言で言えば君はラッキー、ていうことかな?」
「そんなもんなの?」
「うん、そんなもん。全ては偶然。そこに法則はあっても君たちには分からない。わかる方法はあっても使いこなせていない。そんなもんさ」
「ふーん。あー、願い事かー。何がいいかなー・・・・・・」
 布団に横になって、天井を見ながら考える。願い事はたくさんあるけれど、本当に叶えてもらえるとなると、色々考えてしまう。
「この布団、私には小さいから、もっと大きいのが欲しい」
「かしこまりー。まあ叶うには少し時間がかかるから、もっともっと」
「えーと・・・・・・」
 目を瞑って過去を振り返り、願い事を探す。願い事・・・・・・嫌な男女のことが思い出されてきた。あいつら、いつも私のことをバカにしやがって。そういえば今日も廊下で私の陰口を言ってきた。男子はまだいい、むしろ清々しい。問題は女子、優しいと見せかけて私に接して、私を利用して自分のアピールをする。むかつく。
「そうだ、クラスの女子の身長をどんどん伸ばしてよ。私が目立たなくなるくらい」
「かしこまりー! さあ、もっともっと!」
「優子ー!」
 下から母の声が聞こえた。私は返事をしてから布団から起き上がる。ドアをくぐって通り抜けて、階段を降りていく。
「ドアも大きくして」
「かしこまりー」
 ドアをくぐってリビングに入る。私以外はみんな椅子に座って食べ始めている。姉の隣に座って、私はどんぶりを持ち上げて食べ始めた。
「いつも思うけど、よく食べるわねー」
「だってお腹空くんだもん」
「だから、そんなにデカくなるんだねー」
 姉の悪口。私は無視して食べ進めると、姉はふっと鼻で笑った。そういえばこいつも敵だった。姉は175cmあってモデルをやっている。学生時代はバレーボールで活躍していたらしい。身長を活かして人生を楽しんできたタイプだ。一方私は・・・・・・比べるのも辛い。
「ごちそうさま」
「うわ、早っ。さすがだねー」
 姉の呟きを無視して私は部屋に戻る。早歩きをしていたらドアに頭をぶつけてしまってじわじわと痛むが、これからのことを考えると全てが許せてしまう気分だ。
「ねえ妖精。姉の身長も伸ばして。250cmくらい」
「かしこまりー、クスクスクス、アーハッハッハ!」
 妖精の高笑いを聞いて、私の方まで高笑いしてやりたくなった。これからのことを考えると胸が躍る。私をバカにしてきたやつ、同じ状況に立った時どうするのか見ものだ。せいぜい苦しめ!

 妖精と出会って私の生活は随分と快適になった。家は住みやすくなった、布団は大きくなった。以前よりも私の身長は目立たなくなった。201cmの私は、以前は背の順でも胸から上が飛び出ていたけれど、今ではそこまで目立たない。190cm代の女の子も増えてきた、姉の身長は私よりも高くなった。実際の数字は教えてくれないけど、210cmはあると思う。そのせいで規格外になって、モデルの仕事が激減したらしい。良い気味だ、今では私の方が姉の巨体を毎日からかっている。
「ねえトモちゃん、帰りに服作りに行こうよ。私、また身長伸びちゃって」
「うん。ZILLAっていうのがいいよ。オーダーメイドもやっているし。値段もそこまで高くないから」
「ありがとうー。そういうの全然知らなかったから、助かるー」
「ねー、私も行きたいなー」
 いつも一緒にいる友達もできた。みんな、身長は190cm以上。長身が目立ちたくなくて私と一緒にいるんだっていうのはなんとなくわかるけど、私は喜んで受け入れる。気持ちはわかるし、今後私よりも大きくなっていくんだから、その時を考えると楽しみで仕方がない。あんたが私にしたこと、私も同じことをあんたにしてやる。
「ねー、トモちゃんって身長何センチだっけ?」
「えーと、201cmだよ。どうして?」
「わたし今日測ったら199cmだったの。また伸びたー。でも、トモちゃんの方が結構大きい。トモちゃんも伸びてるんじゃない」
「うーん、そうかも。どまで伸びるんだろう」
「ねー。あー、早く止まらないかなー」
 口を尖らして、何処かを見る彼女。そうか、私もまだ伸びているのか。でも心配ない。仮にこの1年で10cmなんていう急成長を遂げたとしても、姉の250cmには届かないだろう。そう思えば、私はどんな揶揄いも許せてしまうのだ。
「ねえねえトモちゃん、身長測ってみようよ。私、メジャー持ってきたんだ」
「そうそう。トモちゃんが何センチあるのか、気になるなー」
 教室の壁に背中をつけて、すっと背を伸ばして身長を測る。メジャーで2人がかりで私の身長を測り始める。言われてみれば、春よりも少々目線が高い。・・・・・・急に不安になってきた。
「211.6cm、10cm伸びたんだね」
「私なんて35cm伸びたー。でも、トモちゃんも伸びてるんだね!」
 にこっという笑顔が私の鎖骨のあたりから向けられている。その可愛らしい笑顔の裏にある彼女の本性に私は身震いした。
 彼女の目線は春の私の目線におよそ等しい。たったの3ヶ月で10cmという成長はただの成長では説明がつかない。これは妖精のせいだ。なぜ、私はそんなことを望んでいないのに、どうして・・・・・・妖精のクスクスという笑い声が私の耳を不快に震わせた。
「おい妖精! おい妖精!」
 頭の中で私は妖精を呼ぶ。すぐさま返事が返ってきた。
「はいよー、願い事はなんだい?」
「私の背が伸びているのはどうして?」
「あれー、言っていなかったっけ? 願い事には代償がある。不幸を望めば幸福になる。助かろうとして死亡する。人を呪わば穴2つ掘れ。しかし僕の力でそれを約10%まで抑えることができる。君は女子の背が伸びることを望んだ。するとその10%だけ君の背が伸びる。だからだよ」
「ねえ、元に戻してよ!」
「元、という状態が未定義だ」
「じゃあ、私の背を小さくして!」
「はあああああ?」
 狂ったような叫び声が私の脳内に響いた。私は思わず耳を塞いだ、しかし妖精の叫び声が静まることはない。
「他人の巨大化と自分の巨大化は表裏一旦、同義の願い事。要求された願い事、自身の縮小化。矛盾発生! 矛盾発生! エラー、エラー、ピー、サービスを終了します。契約失効いたします」
 プツン、という音と一緒に妖精の声は聞こえなくなった。何度話しかけてもそいつは姿を現さない。・・・・・・最初に言われたこと、矛盾する願いは不可。最初の断りごとがこんなにも致命的なんて、私は夢にも思わなかったし、たった今まで忘れていた。しかし、取り返しはつかない――
「トモちゃん、大丈夫?」
 心配そうに私を見上げてくる、自称高身長女子たち。その心配そうな表情の裏にはどんな感情があるのかわからない。私はそれがたまらなく恐ろしい。
「うん・・・・・・大丈夫」
 全てを打ち明けることも可能だった。悩みを相談することも可能だった。でも、私にはそれができない。そんなことをしてもどうせ私はネタにされるだけなのだろう。私たちは友達、そういう関係なのだ。急成長が始まった自分よりも不幸な人を見下ろすことしかでしか幸福を得られないのだ。それなら、下手に友達を信じて相談してその場限りの安らぎという借金を負うよりも、自分の中だけで消化する方が、私にはまだマシに思えた。



「お母さん! 私、ウルトラモデルに選ばれたのよ!」
「そう、よかったわね」
「急に背が伸びて、一時期はどうなることかと思ったけれど。250cmなんて、巨人でしょ。でも、最近はそんな規格外でもモデルになれるの! 私、これからウルトラモデルとして世界一になってやるんだから」
「うん、頑張ってちょうだい」
 わざと私の部屋の前で明るい話をしてくる姉。私はそんな彼女に対してなんの感情も出てこない。ただ、自分の不幸さを嘆くのみだ。姉は私よりも幸せな人だから、急成長も受け入れてむしろもっと幸せになっていった。私はその逆だ。
「優子、お手紙来てるわよ」
 ドアの下から手紙が入ってくる。未だに手紙を送ってくるなんてダサいと思うけれど、それに依存している私がいるのも事実だ。切手の貼られていない手紙、ポスティング。週に1通送られてくるその手紙を、私は毎週封を開けずにゴミ箱に捨てるが、その後読んでしまう。私は毎週欠かさず読んでしまう。
「夜、会いませんか? いつでも待っています」
 手紙の最後はいつも決まってそう書かれていた。手紙が送られ始めてから3週間が経つ。私が引きこもっている間も、彼は毎日そうしていると思うと申し訳ないと思う反面、どうでも良いとも思ってしまう。
 ・・・・・・しかし、1度くらい行っても良いと思う。3週間も横になっていたらそれだけで疲れてしまった。学校に行く気はある、行ったら少しは楽しいと思う。でも、人間ではなくなってしまった自分に向けられる他者の目を1度見てしまったら、私は壊れてしまうような気がした。それが怖くて、私はずっとこうしている。しかし、夜ならまだ・・・・・・
 夜中、そっとドアを開けてハイハイで廊下を通る。広くなった家、しかし私にとっては狭い。姉の部屋から明るい音楽が聞こえてくる。夢に向かう彼女は花のように美しく、その花には人を選ぶ毒があって、その葉っぱには寄生虫がうようよと集っていて、茎には棘がある。彼女に目をつけられないように私は外に出た。
 小さな街だ、こんなに小さかったのか。電線なんて、所によっては私よりも背が低い。それに気をつけながら私は道路を進んでいく。
 クラクションが鳴った。振り返ると、私の膝までしかない小さな、子供用のおもちゃの車が私にクラクションを鳴らしている。私はガニ股になって道を開けて、車がその間を通るのをじっと見送った。この世界はまるでジオラマのようだ。本物のジオラマを見たことはないけれど、いま私が見ているものが偽物なのかと聞かれたら、うまく答えられない。1/1スケールは偽物なのか? よくわからない。こんなくだらないことを考える元気だけはある。
 公園に着くと街灯の下で男の子が本を読んでいた。私に気がつくと、すぐさまそれをしまって立ち上がった。小さい、それが最初の感想。車と同じくらい小さい。私は涙が出てきた、人間ですらなくなってしまった私は人間の彼と恋をして良いのか? 私はしゃがみこんで彼を見下ろす。少しはマシになった。
「伴野さん、来てくれてありがとう」
 ・・・・・・何も言えない。
「噂は聞いていました。伴野さんのこと。・・・・・・体調は、どうですか?」
 ・・・・・・何も言えない。
「僕は伴野さんの魂に惹かれました。口静かで、悪口を言われても手は出さない、そんな大人なあなたに惹かれました」
 ・・・・・・何も言えない。何も言いたくない。
「僕、今でも伴野さんのことが好きです。どんなに大きくなっても、世界中があなたのことを怪獣だって言って攻撃しても、僕は守ります。守り抜けないかもしれないけど、どうにかして守り抜きます。僕はあなたに命をかけることができます」
 ・・・・・・。
「だから伴野さん、答えを聞かせてください。僕はあなたが好きです、交際してください。伴野さん、承諾してもらえますか?」
 ・・・・・・何も言えない。何も言いたくない。何も考えたくない。信じて裏切られるのはもう嫌だ。幸せになれると信じて不幸になるのはもう嫌だ。
 断ろうと思った。彼と縁を切ろうと思った。でも・・・・・・私の人生はどうやらそういうものらしい。どう足掻いても私は不幸にしかならないのだ。それなら・・・・・一瞬だけでも幸せになれるのなら、私はそうなりたい。
 顔を両手で隠した状態で私はこくりと大きく頷いた。怪獣になってしまった私の淡い恋、約束されたバッドエンド。それでも私はそれに依存せざるを得なかった。
 私の腕に、小さな手が触れた。冷たいその手が私の冷えた心を温かく溶かしていった。
-FIN

創作メモ

最初は短編グループにまとめようと思いましたが、読み返したら思ったより真面目に感じました。