璃子と美月

「おはよう美月!」
 名前を呼ばれて振り返る少女の先で、自分よりも少しだけ背の高い少女が息を切らせて走ってくる。美月と呼ばれた少女は小さく微笑んでから、彼女に挨拶を返した。
「おはよう璃子。一緒に学校、行こう」
「うん! あー、今日は寒いねー。手袋してくればよかった」
 手をこすり合わせて手を温めようとする璃子。しかし冷え性の彼女は、そんなことをしても一向に温まらない。ポケットに手を突っ込み、ぎゅっと固く握りしめる。璃子の背中がやや丸くなる。
「璃子、寒そうだね」
「うん、寒いよー。わたし冷え性なんだ」
「手、つなごうか? 私の手、温かいんだよ」
 美月は片手を璃子に差し出した。公然の場で美月と手をつなぐというのは璃子にとってはそれなりに恥ずかしいことであったが、美月の誘いを断るのはそれ以上に嫌なことであった。璃子は頬を若干赤らめて、恥ずかしそうに自分の手をポケットから出して美月に差し出す。2人はぎゅっと手をつないだ。
 「美月の手、冷たいね」
「えへ、美月と手をつなぐの、初めてかも」
「言われてみれば、確かに。でも、クラス替えしてまだ2週間しか経ってないんだから、普通じゃない?」
「そういえば、そっか。まだ璃子と出会って2週間かー。なんかもっとずっと長く一緒にいた気分」
 照れ臭そうな笑顔で璃子を見下ろす美月と、そんな彼女に上品に微笑み返す璃子。璃子の手に包まれて、美月は璃子の体温を感じながらにやけた。冷えた手を璃子の体温で温めていると思うと、美月は自分が璃子の命を分けてもらっている気がしてまた赤面した。
 美月の初めの頃の興奮は時とともに次第に収まっていく。すると、璃子の手の温かさ以外のことに美月は意識が向くようになった。美月はあることに気が付いた。自分よりも5cmほど背の低い璃子の手が、自分の手を包み込んでいるという事実だ。それに気が付いてから、美月は今までよりもさらに胸をドキドキさせた。
「・・・・・・璃子の手、大きいね」
「あ、気づいた? そうなの、よく言われる。足も大きいよ。美月は・・・・・・小さいね」
 立ち止まって2人は足の大きさを比べる。二回りほど璃子の靴の方が大きい。美月の心臓は今にも飛び出そうなほどにバクバクといっていた。
「私、足は23cmしかないから」
「そうなんだ、私は28cmくらいかな。最近靴がきつい気がするから、また大きくなったかも。身長は、美月の方が高いのにね」
「うん、165あるよ」
「私は160cm」
 5cm背の低い璃子の方が手も足も二回りほども大きいというのに美月は興奮していた。さっきまで、美月は璃子と手をつなぐことに興奮していたが、今では違う理由で興奮していた。
「美月の手、ちっちゃくてかわいいね。私、デカいからさ。男の子よりも大きい」
「でも、いいと思うよ! 大きい手も、素敵で」
 赤面する美月に、璃子は微笑を浮かべる。そんな彼女の大人びた雰囲気に美月は一層赤面した。もっと璃子のことを知りたいと、璃子と近づきたいと美月は思った。
「そうだ! そろそろさ、中間始まるじゃん。今度の定期テスト、結構不安で。よかったらさ、放課後うちで勉強会開かない?」
「あ、いいね。じゃあ放課後、美月の家でね」
「うん!」
 笑顔で元気よく返事をする美月に、璃子は静かに上品に微笑んだ。

 突如開かれた勉強会で、美月は自分の部屋にも関わらず極度に緊張し、体を硬直させていた。床に座卓を置いて、璃子と対面する形で勉強をしている。しかしそれは形だけで、美月は教科書を一応読んではいるものの内容がさっぱり頭に入らず、常に意識は璃子の方を向いていた。傍から見れば、おしゃべりせずに集中して勉強をしている2人であるが、璃子は淡々と勉強を進めていく反面、美月の頭に勉強のことは一切ない。いかにして璃子と距離を詰めるかということばかりを考えていた。
「・・・・・・ふう」
 璃子がシャーペンを机に置く。美月はその時彼女の手に注目した。自分と同じタイプのシャーペン、しかし璃子が持っていると小さく見えてしまう。それに気が付いて美月はまた顔を赤くした。
「美月、どこまで進んだ?」
 不意に、璃子がハイハイで美月の方に寄って、ノートを覗き込む。彼女のノートは、勉強会を開始した1時間前とほとんど変わっていない。
「あれー、美月勉強してないじゃん」
「今は、教科書を読んで理解しているところだから」
「どこで躓いてるの? 私が教えてあげようか?」
 璃子が、美月の教科書に手を触れ、ついでに美月の手にも触れた。美月は一層顔を赤くした。リンゴのような頬を見て、璃子は微笑んだ。
「ふふ・・・・・・ねえ、素直になりなよ。本当は、勉強なんてどうでもいいんでしょ」
「え?」
「私、知ってるよ。美月、手フェチ、足フェチなんでしょ?」
 璃子は美月の手から教科書をすっと奪い、閉じて机の上にコトンと置く。そして空っぽになった彼女の手の片方を両手で包み込んでから、手のひらを重ねる。関節2つ分ほど、美月の方が小さい。それを見た美月の顔が、今にも沸騰しそうな勢いで赤みを増していった。
「ねえ、手の大きさって測ったことある?」
 コクコクと勢いよく首を縦に振る美月。そして小さな声で「15cm」と答えた。璃子は目を細めた。
「ちっちゃい。私、20cm。美月、ちっちゃいね」
「う、うう・・・・・・」自分よりも背の低い女の子に小さいと言われる屈辱を感じながらも、美月はそのギャップに興奮する。
「ねえ、立ってみようよ。立って、色々なところを比べてみよう」
 璃子が美月の手を握ったまま立ち上がると、それに従うように美月もすっと立ち上がった。手を合わせて向かい合う2人、身長だけは美月の方が5cm高い。が、美月が勝てるのはそれくらいであった。
「璃子、もしかして脚も長いの?」
「うん、長いよ。86.5cm、股下比54%。美月よりも、少し長いみたいね」
「私も長い方だと思っていたけど、璃子・・・・・・すごいね」
「ふふふ、ありがと」
 美月も股下比50%の脚長であるが、璃子の方が4cmだけ長い。美月は自分の脚の長さと、璃子のそれを何度も比べてはその度に目を丸くした。そして今までの璃子の大胆なアプローチに感情が爆発寸前となっていた。
「ねえ璃子」
「ん? なあに?」
「あのさ、手袋してみない?」
 美月はクローゼットから自分の手袋を取り出して、璃子に手渡す。璃子はそれを受け取って手にはめたが、親指を除く4本しか袋に入らず、それを美月に見せびらかせて困った表情で微笑む。
「うーん、入らないみたい」
「うん、入ってないね!」
 美月は興奮して璃子の手を取った。その勢いに璃子は小さく驚いたが、すぐにいつもの微笑を彼女に浮かべる。
「美月、楽しそう」
「うん、すっごく楽しい。もうバレてると思うけど、私、手足が大きい女の子が好きなの。だから璃子のこと、すっごく好き」
「ありがとう。私も・・・・・・あ、もう夕方。もう帰らないと」
 美月の手を離して璃子は上着を羽織りカバンを手に取る。美月はきょとんとその場で硬直していた。しかし璃子が彼女の手を取ってすぐにはっとした。
「玄関まで、送って」
 そう言って璃子は玄関まで美月を引っ張っていった。

 玄関で並ぶ2人の少女。別れを惜しみ、寂しげに顔を見合わせる。
「じゃあ、また明日、学校でね」
「うん・・・・・・」
 小さな返事、美月はこくりと頷いた。
「そうだ、最後に靴も交換してみない?」
「え?」
「あ、嫌だった?」
 ぶるぶると首を左右に振る美月。震える彼女を横目にまずは璃子が美月の靴に片足を突っ込んだ。案の定、手袋の時と同じように、足の半分ほどしか中に入らない。
「ふふ、美月はどう?」
 璃子に言われる前に美月は靴に足を入れていた。すっぽりと靴の中に足が入り、走ったら脱げてしまうそうなほど、緩い。美月は大きな靴を履いて顔をほころばせた。寂しげな表情が明るくなっていく様子を見ていると、璃子の方まで嬉しくなっていった。そして静かに興奮した。
 お互いが靴を脱いで、璃子だけが璃子の靴を履く。トントンとつま先で地面を蹴ってきつめの靴をしっかり履いて、美月を見上げる。ピンクに染まった頬を見て、最後に璃子は意地悪な心を出した。
「ねえ美月、目を瞑ってみてよ」
「え?」
「いいからさ」
 言われた通りに美月は目をぎゅっと瞑った。美月の見ていないところで璃子は口元に手を当てて子供っぽくクスクスと笑ってから、両手で美月の頭を包み、唇と唇が寸時触れ合う。美月はびくりと驚いたが、目は瞑ったままにする。彼女の顔色が見る見るうちに赤く染まっていく。
「じゃ、バイバイ美月。また明日」
「え? ま、待って!」
 目をぎらりと開けて彼女は璃子に寄った。そして小さな手で彼女の小さな頬を挟んで、美月は少し間を置いてからぎゅっと密着させる。璃子は驚いて目を丸くしたが、その後ゆっくりと時間をかけて目を瞑った。それからしばらくの間少女達はまるで時の流れを忘れたようにじっとその場に突っ立って幸福を味わっていた。
-FIN

創作メモ

原文は「そこまで身長差があるわけでもないのに、手足のサイズが結構違う男女の話みたいです!靴履いてみたり!」という物でした。まとめている時に、男女ペアのリクエストを頂いていたことに気が付きました。ごめんなさい……。