非現実な欲求の解消

 高校からの帰り道、制服に身を包んだ僕は学校からまっすぐ自宅へと向かっていた。胸がざわつき、自然と早歩きになっていた。不気味なほどに閑散とした街の中、目の前には団地があり、細長いマンションが数本等間隔で立っている。自分の家がある4号棟を目指して歩きながら僕は叫んだ。
「あー、身長2メートルくらいの女の子と付き合いたーい!」
 マンションの間で僕の声がわずかに反響する。依然として不気味なほど静かな街並みを眺めながら、大きく深呼吸して僕は深くため息をついた。大声で叫んでも誰も何も言わない環境で、僕は急に恥ずかしくなって俯いて早足で自宅を目指す。
 別にいつもこんなことをしているわけではない。ただ時々どうしようもなく、そんな気持ちになってしまう。そしてそういう時はいつも決まって、むかし仲良くしていた女の子のことを思い出す。小学生の時の同級生の女の子、背がとても高くて6年生の時すでに165㎝はあった。一方で当時の僕は150㎝くらいだったから、彼女がとても大きく見えた。僕は彼女にとても好かれていた、一方で当時の僕は彼女を本能的に好きになっていたけれど、その感情が長身女子に対しての好意であったことを自覚したのはそれからしばらく経ってからだった。
 僕らはとても仲良くしていた。よく一緒に帰っていて、同級生からカップルとからかわれて恥ずかしかった。しかし彼女は親の都合で中学は別の県の学校に行くことになった。僕は別れを惜しんだ、でも中学生になったらもっと背の高い女子がいると期待していたからあまり悲しくならなかった。一方で彼女は、僕との別れを本気で惜しんでくれていた。卒業式の前に、彼女は僕にこう言った。
「ヒロのタイプの女性になってみせるから、その時は付き合ってね」
 今となってはロマンチックな告白だったと思う。でも当時の僕は、中学生になってもっと背が高くなった立華を想像して顔を興奮で熱くなっていた。僕らはそれ以降、なんとなく恥ずかしくて卒業式のその日までとうとう口を交わさず別れてしまったのだ。
 あれから4年、僕は高校生になって思う。惜しいことをしたなと、連絡先を交換すべきだったなと……小学生のころから、僕は何も変わっていない。相変わらず背の高い女子が好きだ。背が高い、それだけで好きになる。そんなんだから僕は未だ女子と付き合ったことがない。最低でも190㎝……いやせめて180㎝はないと魅力を感じない。もっと欲を出せば200㎝はほしい……そんな女子、日本にはほとんどいないのだ。そして僕の周りには皆無だった。
 ……話は変わるが、最近になってふと思ったことがある。どうして彼女は僕のタイプを知っていたのだろうか。彼女に直接背が高いから好きなんて、当時の僕は言わなかっただろう。そういう感覚を自覚していなかったのだから。
 考え事をしながら歩いていたら団地を過ぎてしまった、それくらい夢中で過去を振り返っていたようだ。僕は4号棟に向かうため踵を返すと目の前に人がいた。
「わっ!」思わず声をあげてしまう。他に人がいるのは当然なのに、あたかもこの世界に自分一人しかいない気分になっていたので、大げさに驚いてしまう。
「あ、ごめんなさい。ねえキミ、さっきなんか叫んでいた男の子だよね、2メートルの女の子がなんとかって」
「あ、えーと……」
 さっきのことが鮮明に思い出されて赤面した。聞かれているのは自覚していたが、こうやって直接指摘されるとさすがに恥ずかしい。恥ずかしさのあまり、首を直角に曲げて地面を凝視しながら僕は頷いた。……そこで気が付く。女性の革靴の大きさに。身長175㎝の僕の26.5㎝の靴よりも一回り大きい、28㎝はありそうな大きな革靴。僕は動悸を覚えながら恐る恐る顔をあげていく、視線を地面と平行にすると、目の前には女性の胸。見慣れた服装の彼女を顔を確認するためさらに首を持ち上げると、知らない人の顔が、しかし見覚えのある少女の顔があった。
「え……立華佳澄、さん?」
「あ、覚えていてくれた。嬉しい! 寛之くんは、かっこ良くなったね、雰囲気は昔と同じだけど。あんなこと叫んでいなかったら誰かわからなかったよ」
 笑みを浮かべて僕を大きく見下ろす少女。僕がさっきまで思い出に浸っていた彼女が目の前にいるという状況をしばらく現実のものと受け入れられないでいた。気になっていた女の子と再会するという運命的な状況に加えて、ロマンス劇のように空想的で都合の良い展開に驚愕していた。
「あー、うん。ありがとう。立華さんは……身長伸びたよね、すごく」
 ふふ、と笑う彼女。その微笑は4年前の小学生のものと全く同じだ。
「だって寛之くん、こういう女の子が好きなんでしょ」
 急に自分の性癖を指摘されて、思わず閉口する。その通り、しかしこの場で素直に『はい』というほど僕は世間知らずではない。かといって首を横に振ったら必ず後悔する。硬直する僕を見下ろして、立華はまた、ふふっと笑う。見下ろされている現況が僕の興奮を時間とともに増大させる。
「笑わないで聞いてね。小学生の時ね、わたし魔法の薬を飲んだの。好きな人の好きな姿になれる薬、魔法使いのお兄さんはそう言っていた。それを飲んでから、私の身長がぐんぐん伸びていくようになったの。覚えている? 私、中学年まで小さいほうだったのに、高学年で一気に伸びて、6年生の時に160㎝超えちゃったって。全部薬のおかげ。私の好きな人が、背の高い女の子が好きだったから、私は大きくなったの」
 ……不意に柔らかいものが顔に触れる。僕ははっとして、それから自分の状況に気が付いて、体温を上昇させていく。女の子の胸が顔に触れている状況もそうだが、自分を顎の下に入れてしまえる立華の長身を全身で感じて興奮している。
「佳澄、いま身長いくつ?」
「えーと、ちょっと待って。……うん、ちょうど200㎝。あ、でもなんかまた大きくなった気がする……ふふ」
 自分よりも25㎝高い女子に抱きしめられるとこんなふうになるらしい。200㎝の女子、僕が長年追い求めてきた女性にこんなにもあっさりと出会えてしまうなんて、僕はなんて幸せなんだろう。
 抱擁を終えて、僕は彼女を見上げる。考えるよりも先に手が出た。立華さんの手を取る。
「僕の家すぐそこなんだけど、寄っていく?」
「あ、そうなんだ、ふふ。うん、お邪魔したい」
 手をつないで人影のない道を歩く。僕の歩幅に合わせて彼女はゆっくりと歩いてくれる。背が高いと脚も長くなるらしく、かなりゆっくり歩いてもらって僕と同じ歩幅になる。僕も一応175㎝あるので男子の中でもむしろ背が高いほうなのだけれど、立華さんの前ではここまで小さくなってしまう。
 家に到着し、鍵を開けて中に入る。
「お邪魔しまーす……いたっ!」
 鈍い音と同時に彼女の悲鳴。振り返ると額を押さえる立華さん。玄関のドアに頭をぶつけたらしい、そのシチュエーションに僕の下半身が一気に巨大化した。
「佳澄、大丈夫?」
「うん。そうか、玄関て200㎝しかないんだよね。あ、でも枠がおでこに当たるから、私の身長がまた伸びたのかも……ヒロ、楽しそう」
「うん、すごく楽しい」
「ふふ、じゃあ改めて、お邪魔しまーす!」
 ドアをくぐって佳澄が部屋に入る。その様子を下から見上げているだけで僕の息子が爆発しそうになる。彼女がドアをくぐり終わるのを見届けてから、僕は自分の部屋に佳澄を案内する。ドアを開けて彼女を先に入れて、くぐる様子を僕は後ろから見届けた。……2回目は思ったよりも興奮しなかった。自覚していたが、僕はかなりわがままな性分らしい。180㎝を低身長といっていることからも、それがわかる。
「ここが寛之くんの部屋かー、きれいだね」
 物を持たないタイプなので、僕の部屋はいつも片付いている。僕は鞄を置いてから、きょろきょろと部屋を見回す佳澄に後ろから抱き着く。背が高くて脚が長くて、遠目には細身に見える佳澄もこうして抱き着くとその大きさを実感する。
「うわ! ちょっと急にどうしたの、ふふふ。なんか、子供みたい。小学生くらいの子ってこれくらいだよね」
 大きな佳澄、身長200㎝の佳澄。この身長でこんなにも興奮しているのに、さらに上を求めている自分がいる……僕は強く念じた。この世界でならきっと、佳澄は僕の理想の女性になってくれるだろう。
「ん? なんか目線が……ヒロ、何かした?」
「ええと、理想の女の子に出会えて早速こんなこと思うのもあれだけど、もっと大きい女子がいいって思った」
「はあ、相変わらずわがままなんだから。でも、いくらでも思って。私の体はヒロの思いにリンクしているんだから。……あ、そうか。中学生になっても成長期が続いたのって、ヒロの好みがインフレしていたってことね」
「うん、そういうことだと思う」
「うわ、なんか話している間に結構大きくなった……ドアが小さいよー」
 抱き着いているから、佳澄が成長しているのは感じていた。でもこういう形で成長を実感してもあまり興奮しないらしい。やっぱりわかりやすい比較対象がほしい。佳澄のコメントを聞いて僕の下半身が一気に元気になる。僕は佳澄から離れて頭を見上げる。さっきよりも1回り大きくなっていた。
「今、230㎝だよ。すごい、250㎝の天井がすぐそこ。あ、ヒロがもっと小さくなった! 脇の下入っちゃうんじゃない?」
 佳澄が左腕を水平にする。その中に僕がすっぽり入ってしまう。彼女を見上げると首が痛くてすぐに疲れてしまう。
「あ、ヒロ見上げるの疲れたでしょ」
 しゃがみこんで僕を見上げるエスパー佳澄。しゃがんでいても僕の胸くらいの高さがある。僕は素直に頷いた。佳澄がにやりと笑って僕の胴体を両手でつかんで制服のまま枠付きベッドの中に入って、僕と一緒に横になる。
「うわ、ベッド小さ!」
 200㎝の普通の大きさのベッド。しかし佳澄にとっては、枕をぎりぎりまで端に置いても脚を曲げないとベッドの中に収まらない。
「うーん、枠邪魔。なんでベッドに枠なんてつけたの? 邪魔だよー」
「2段ベッドにしようか迷って、間を取ってって感じで」
「そういって、私が狭いところに収まっているのを見たかったんじゃないの?」
 鋭い、今日の佳澄は鋭い。でも僕の想像力はさらに上を行く。小さいベッドに体を縮こまらせて収まる佳澄を見て僕は妄想してしまった。佳澄がさらに大きくなって、さらに窮屈になっていく様子を。
「ん? ふふ、ヒロ楽しそう……って、ちょっとまってきつい!」
 佳澄は長い足を大きい体を慎重に動かして小さなベッドから脱出し、背筋を伸ばそうとしたところで鈍い音が部屋に響く。
「いった! って、え? 天井が低いんだけど」
 部屋の中で中腰になって天井にぶつけた頭を両手で覆う佳澄。僕の妄想はもう止まらない。不思議の国のアリスを連想してしまう。
「え、なんかまだ大きくなって……ちょ、さすがにやばいって! 外、外に出ないと!」
 佳澄はハイハイで部屋のドアを抜けていき、玄関の開く音が聞こえたと思えばその直後に慌ただしい駆け足の音がして、遠ざかっていく。
 僕は部屋のベッドの上で横になったまま呆然としていた。さっきまでの佳澄を思い出して僕は静かに興奮する。天井に頭をぶつけ、さらに大きくなっていく佳澄。家の外に出て、今は何をしているんだろう。追うべきなんだろうけど、夢の中にいるようで体が動かない。感動と興奮で完全に脱力していた。あのままぐんぐんと大きくなり続けて、家に入ることができなくなった佳澄を想像して脱力していた体が再び体が熱くなる。
 急に部屋が暗くなった。窓からさしこんでいた光の量が急に少なくなり、まるで日陰にいるような明るさになる。雨でも降るのだろうか。僕は急に冷静になって佳澄を心配する。さすがに雨の中に放っておくのはかわいそうだ。僕は天気を確認するために体を起こして窓の外を除くとそこには巨大な手のひらがあった。ちなみに僕の家は3階、地上から10mくらいはある。
「ヒロー、こんなに大きくされるなんて聞いてなかったんですけどー」
 窓を開けて、僕は真っ先に佳澄の巨大な手と手比べをしてみた。手の平だけでも自分の手の4倍くらいの面積がある。窓から身を乗り出して下を見れば佳澄の上目遣いが見えた。
「こんなの、もうフィクションじゃん……」
 ふてくさる佳澄を見下ろして、僕の妄想はさらに加速する。佳澄が巨大化して団地と背比べする妄想、佳澄の巨大な手のひらの上に座る妄想、などなど。
「ねえ、今の身長ってどれくらい?」
「えーと、10mくらい。ってあれ、なんか数字がすごい勢いで増えて……って、また大きくなって!」
 佳澄の顔が僕の部屋の窓を通過し、首元が通過し、胸が通過し、スカートが見えてくる……
「ねえねえ、どこまで大きくなれば満足するの? もうとっくに人間のサイズ超えていると思うんですけど」
 しゃがみこんだ佳澄が僕の部屋をのぞいてくる。さっきよりもさらに2倍以上大きくなった佳澄、顔の大きさだけでも僕の身長よりも、いや部屋よりも大きそうだ。
「実は僕、背の高い女の子も好きだけど巨大な女の子も好きで……後者はフィクションになっちゃうけど、ずっとこういう展開にあこがれていたんだ」
「ふーん。それで、こんなに大きくなった私とどんなことがしたいの?」
「えーとそうだね、とりあえず、手のひらに乗せてほしいかな」
「あー、なんかアニメで小人相手にやるやつだよね。はい、どうぞ」
 差し出される肌色の巨大なカーペット、部屋全体を覆えるほどに大きなそれの上に僕は乗る。
「うわー、ヒロ小さくてかわいいー!」
 両手の上に乗った僕を見て目を輝かせる佳澄。視界いっぱいに広がる佳澄の顔。彼女は僕を落とさないように慎重にゆっくりと立ち上がる。
「今の身長は?」
「25mくらい」
 直立した佳澄は、団地と肩を並べるくらい大きい。彼女の顎の高さにある僕専用の展望台から町全体を見下ろすことができる。
「高いね」
「そりゃあ、25mなんて人間の身長じゃないし。もう建物じゃん。マンションくらい大きい女の子が好きって、それどうなの?」
 巨大娘趣味は佳澄には理解できないようで、ここまで大きくした僕に向かって彼女は首を傾げた。佳澄は知らない、巨大娘界隈では建物サイズはむしろ小柄であるということに。建物よりもさらに10倍くらい大きな女の子だって普通だということに……僕はつい、さらに巨大化した佳澄を想像してしまう。
「え、なんかまた大きく……まだ大きくなるの、もういいでしょう」
 あきれた様子の佳澄。ここからどこまで大きくなるのかを楽しみにしているところで時間終了を告げるブザーが町中に鳴り響いた――

「はー、なんかすごい体験しちゃった。巨人になって町を見下ろすのってなんか変な感じ。現実感が全くないの、プラモデルに囲まれているみたいで」
「まあ、実際現実じゃないしね」
 ゲームセンターから出て思い切り伸びをする佳澄を僕は軽く見上げる。現実の佳澄は身長178㎝の女の子で、僕よりも少し背が高いだけだ。高校で再会したときは彼女の成長に驚いたけれど、僕は180㎝以下の女子を恋愛対象には見られないのでまだ付き合ってはいない。気の合う友達として時々遊ぶ仲だ。
 僕の性癖を理解してくれている彼女は、仮想空間でのゲームにも付き合ってくれる。今日も高校の帰りにゲームセンターによって付き合ってもらった。仮想空間では自分の姿を思いのままに変えることができる。僕はこの技術を利用して佳澄に巨大化してもらおうと考えた。彼女は快く引き受けてくれた。誘ったときは映画の撮影という理由をつけていたが、途中から建前なんてどうでもよくなってしまい僕の好き勝手やったが、それでも彼女は付き合ってくれた。良い女友達を持ててうれしい。
「ねえ、帰りに吉野家寄っていかない? なんかお腹空いちゃった」
「吉野家って、そんなもの食べて大丈夫か? せめてマックとか」
「だってすごくお腹空いたんだもん。今は半額フェアだから、吉野屋なら1000円で超特盛2杯食べられるよ」
 太るぞ、というセリフを飲み込んで僕は黙ってうなずく。佳澄はウキウキで牛丼屋に向かっていく。
 スマホをいじっていると、そこに仮想空間ゲームの記事が流れてきて僕の気を引いた。タイトルは『仮想空間ゲームが健康に与える新たな影響、ホルモンの専門家が語る』というもの、それを見て僕はそっとスマホを閉じる。新しい娯楽が叩かれるのはいつものことだ。こんなに素晴らしいゲームを何も知らない大人に批判されるのは気分が悪い。楽し気に歩く佳澄を眺めているほうが楽しい。
 178㎝の佳澄は、僕からしたら小柄な女性に分類されるが、世間一般ではそれなりの高身長になる。道を歩く顔所はよく目立ち、二度見する人も中にはいる。
 牛丼屋の前で立ち止まる彼女を目指して僕は小走りをした。近くで見上げる佳澄は遠目に見た時よりももっと大きく感じる。僕は彼女を見上げて「お待たせ」と言ってから2人で牛丼屋に入っていった。仮想空間ゲームの時ほどの衝撃では当然ないが、僕は佳澄の身長にややときめいてしまったのは彼女には内緒だ。 -FIN

創作メモ

iceman氏の小説に触発されて書きました。この後、ゲームの副作用で佳澄の身長が伸びていって……みたいな展開にしたかったのですが、放置してしまっています。