屋敷の巨人

「ここが例の屋敷かー、雰囲気あるなー」
「うん。2メートルの化け物が出るっていう噂の屋敷。山本兄弟失踪事件の現場じゃないかと噂されている」
「化け物を見た奴はいるのか?」
「いる。巨大な人影がうろうろしているのが窓に映ったとか」
 啓介は目を凝らして屋敷の窓ガラスを見るものの、そんな人影は見られない。その代わり、何か冷たいものが啓介の背中を伝っていった。啓介は体を震わせた。
「・・・・・・本当に、ここに入るの? 入ったら最後、出て来られないかもしれないんだよ」
「もちろん、覚悟はしている。だが、俺は今日、助っ人を読んできた・・・・・・出てきな」
 啓介が声をかけた先、木の後ろからむすっとした少女が姿を現す。啓介が得意げな表情で彼女を見上げている一方で、隆は呆然と少女を見上げていた。
「俺の彼女の、歩美。こいつがいれば安心だろ」
 隆はこくんと頷いた。それと同時に歩美は額に青筋を立てた。
「ちょっと、今日はデートって聞いたから来たのに、何よここ」
「説明しよう。ここは2メートルの化け物が出ると噂の廃屋敷で」
「そんなこと聞いてんじゃなくて、デートって、言ったわよね?」
「まあまあまあ、それは今度埋め合わせするからさ、今日だけはね、ね」
 少女は依然と口をへの字にしながら、啓介を見下ろす。
「よし、じゃあ行こう!」
啓介の掛け声と同時に一行は屋敷の中へと入っていった。

 屋敷の中には日差しが良く差し込み、灯が付いていないにもかかわらずかなり明るい。
「思ったよりも明るいな」
 啓介は持ってきたライトをリュックサックにしまい、きょろきょろとあたりを見渡す。歩美も、相変わらずむすっとしていながらも、化け物の探索に多少の興味を示していた。
 しかし、隆はそれどころではなかった。先ほど出会ったばかりの少女に意識が向いて仕方がなかった。ことあるごとにちらちらと歩美の方を見ていた。
「ん? 隆ー、なに歩美の方をちらちら見てるんだよー」
「み、見てないよ」
 隆は頭を振って否定するものの、思わず啓介から目を逸らした。
「はは、まあ最初はびっくりするよなー。俺も中学で200超えたって時はびびったもんなー」
「お、同じ中学校だったんだ」
「ああ。てか、保育園から一緒。昔は同じくらいだったのに、小学生になったくらいからぐんぐん伸びていって・・・・・・今は何センチだっけ?」
「220cmくらい? しばらく測ってないから、もう少しあるかも」
 220という数字を聞いて、隆は一瞬気を失った。しかしすぐに起き上がり、衝撃的な発言を再度確認する。
「え、まだ伸びているんですか?」
「うん、年に10cmくらい」
「てか歩美、もしかしたら成長期終わるのか? 初潮は去年来たらしいけど、まだ伸びてんだろ」
「そういうことは人前で言わないの」
 歩美は優しく啓介の頭を指先で叩く。歩美にとっては優しい小突きであったが、啓介はそれなりに痛みを感じた。
「ああ、悪い悪い。ってまあ、こいつがいればさ、200cmの化け物なんて怖くないじゃん。だから助っ人とした呼んだってわけ」
「私は、デートって聞いたから来たんだけどなー」
「まあまあ、埋め合わせは今度するからさ」
「うん、なら許す」

 他愛のない会話をしながら、3人は屋敷を探検した。電気は取っていないため、部屋に入るときは啓介のライトで照らしながら探索する。
 1階の探索を終え、2階に上がる。
「なんか、化け物とか出なさそうだなー。普通にきれいだし」
「やっぱりガセだったのかなー? 山本兄弟が失踪した時、弟が最後にこの屋敷に入ってきたっていうのは」
「そうか・・・・・・でも、化け物はいるんだろう」
「いるって聞いたけど、そもそも失踪の後の目撃情報だし。僕は見たわけじゃないし」
 階段を上る最中、隆が突然ピタリと足を止める。
「ん? どうした?」
「・・・・・・なんか、聞こえない?」
「ん?」
 啓介と歩美が耳を澄ませる。外から聞こえるセミの声だけがかすかに屋敷に響いていた。
「・・・・・・何も聞こえないぞ」
 ウォーン――2階から聞こえる唸り声が、3人の鼓膜をわずかに揺らした。顔を青くしてその場に立ちすくみ、お互いに顔を見合わせた。
「・・・・・・聞こえた」
「ああ、なんかいる・・・・・・」
 啓介はリュックサックを音をたてぬようゆっくりと下ろし、中からエアガンを取り出した。
「頼りになるかはわからないが、これを持ってきた。多少は役に立つといいんだが」
 ウォーン――2回目の唸り声。隆は膝をがくがくと震わせた。
「ね、ねえ、行くの? やばいよ。今なら引き返せるよ」
「いや、行く。事件の真相が知りたいからな」
「なんでそんなに。山中兄弟だって、ただの失踪かもしれないじゃん」
「ああ、そうだな。それならそれで、俺はいい。でも、そうじゃないとしたら・・・・・・それが知りたい」
「なんでだよ。啓介、そんなに山中兄弟と仲良かった?」
「いや全然。唯一知っていることは、あの家は親父が死んで母が育児放棄ってことだけだ」
 啓介はエアガンを両手で構えて、ゆっくりと2階へと向かう。歩美がその後ろについて行った。隆はしばらく動かなかったが、やがて歩美の後ろに、背中に隠れるようにしてついた。
「・・・・・・死ぬときは一緒だよ」
「縁起の悪いことを言うな。俺は生きる」
「わたしも」
「じゃあ・・・・・・僕も」
 啓介は小さく笑い。壁からそっと2階の廊下を見る・・・・・・茶色い、人間の肌を日焼けさせたような、そんな色合いの大きな怪物が10mくらい先で向こうを見てたたずんでいた。
「ど、どう・・・・・・」
「いるよ、化け物が、向こう向いているけど」
「でも、私よりは小さい。2mくらいじゃない?」
 歩美がそう言った途端、化け物は素早く振り返り、歩美を凝視した。歩美は金縛りにかかった。歩美も化け物を見つめるしかなかった。
「まずい。歩美、逃げよう」
「ご、ごめん・・・・・・体が、動かない・・・・・・」
 化け物がゆっくりと近づいてくる。啓介はエアガンを構えた。今すぐ打とうとも思った。しかし化け物の性質がわからない以上、慎重に行動しようと決めて歩美の後ろでじっと構えることにした。
「もしもの時は打つ。死ぬときは一緒だ、歩美」
「う、うん・・・・・・一緒だよ・・・・・・」
 壁から体を乗り出して化け物を見る、そんな格好のまま化け物を凝視し、その化け物は歩美の方に近づいていく。歩美の後ろで啓介はエアガンを構える。
 やがて化け物は歩美の胸を触る。普段なら怒り出す歩美も、この時ばかりは無反応に徹した。死んだふりをして、柱と同化しようと努めた。無宗教の3人であったが、この時ばかりは超自然的なものに救いを求めた。
「・・・・・・ウォ・・・・・・」
 小さな唸り声があがる。化け物は歩美に抱き着くような恰好となった。そして・・・・・・そのまま、歩美に抱き着いた。
「・・・・・・え?」
 緊張のほぐれた歩美はゆっくりと体を動かし、直立した。歩美からは、化け物の頭頂部がよく見えた。そして何を思ったのか、化け物をそっと抱きしめた。
「ウォーン・・・・・・ウォ、ウォーン!」
 化け物の体から黒い煙が出てきて歩美を覆うと、化け物の体は白く光り輝き、その光は徐々に小さくなっていった――



 少年が目覚めると、目の前に2人の男子高校生がこちらを見ていた。
「あ、目が覚めた。君は、山本裕太くんだよね?」
 少年はしばらく周りを見回してから、小さくうなずく。
「お、お兄さんは?」
「この廃屋敷を探検していたら偶然廊下で寝ている君を見つけた、通りすがりだよ。大丈夫か? 怪我はないか? 具合は悪くないか?」
「だ、大丈夫です・・・・・・」
 少年はゆっくりと起き上がる。しばらくぼーっとしてから、はっとして再び周囲を見回した。
「正也は? 僕の弟の、正也は知りませんか?」
「弟君なら、多分そこの部屋のベッドに寝ているよ」
 啓介が部屋を指さすと、少年は一目散にそちらへと駆けていき、ベッドの上の弟に向かって大声で叫んだ。
「正也!」
 弟は眠たそうに眼をこすりながら目を覚ます。兄はそれを見て、心のそこから安堵した。
「お兄ちゃん、ここどこ・・・・・・あっ! 僕、お兄ちゃんを探してここに入ったんだけど・・・・・・あれ、なんで寝てるんだっけ?」
「正也、心配したんだぞ」
 兄が弟を抱きしめる。弟はきょとんとしながら、兄に抱きしめられていた。

「今日はありがとうございます。色々と、助けていただいて」
「いいって、いいって。君、A小学校の子だよね」
「は、はい。5年生です」
「俺もA小の卒業生だからさ、困ったときは先輩に頼りな!」
「で、でも、ご迷惑では・・・・・・」
「いや、頼られない方が迷惑だね。先輩は後輩に頼られてこそだからな。じゃないと、自分なんていなくていいんじゃないかって、凹むから。頼んだぞ!」
「は、はい・・・・・・ありがとうございます」
 少年は弟の手をつなぎながら、礼儀正しく頭を下げる。その表情は啓介たちには見せないものの、少し、嬉しそうだった。
「少年!」
 少年の後ろから女性の声。彼が振り返ったその瞬間に、彼女は兄弟一緒に抱きしめる。
「辛くなったら、いつでも頼っていいんだぞー!」
 巨大な女性に抱きしめられて、2人は一瞬パニックになったものの、柔らかい胸を顔に押し付けられ、頭を真っ白にして至福のひと時を過ごしていた。この女性がどれくらい大きいかという初期の疑問は瞬間的に霧散した。

 少年を見送り、屋敷の前でたたずむ3人。日は暮れ、きれいな夕日が兄弟の影を長く伸ばしていた。
「・・・・・・よかったな」
「うん、よかった。啓介、格好良かったよ」
「はは。隆、お前はダサかったよ。途中で帰ろうなんて言い出してな」
「しょ、しょうがないよー。本当に怖かったんだから」
 談笑する2人の頭上から巨大な手が降りてきて、頭を覆った。
「ねえねえお2人さん。私はこれから、どうすればよいのでしょうか? 今度は私を助けてくださらない?」
 歩美が青筋を立てながら笑顔で2人を真上から見下ろしていた。兄弟を巨人にした黒い影は歩美に取り付き、220cmの歩美は280cm超になっていたのだ。170cmという平均身長の2人の頭のてっぺんは歩美のへそにあり、保育園児とその親のような身長差となっていた。忘れてはいけないのは、前にいる2人は決して身長が低くはないということである。
「うーん、なんか取りついちゃったのかも?」
「オカルトマニアのあんたなら、除霊くらいできないわけ?」
「うーん、除霊は専門外なのね」
「私、ここまで来るのに電車使ったんだけど、電車乗れると思う?」
「さっき調べたら、電車の天井の高さは225cmらしいのね」
「オカマ口調、キモイ」
「あ、すみませんでした」
 屋敷の前で巨人に頭をつかまれながら、隊員2人はただ、うつむく他はなかった。太陽は地平線の下へと沈み、もう少しで静かな夜がやってくる。
-FIN